戦場帰りの聖女は「穢れた」と断罪され追放されたけれど、獣人の王に拾われて契約結婚したら溺愛されました~追放した王国が滅びかけて土下座してきましたが私はもう戻りません~
第27話 クラウディアの仮面、崩れる
舞踏会の余韻が、まだわずかに残る王城の中庭。
月光に照らされた白石の回廊は、人影も少なく静寂に包まれていた。
セラフィーナは、一人、花壇のそばに立っていた。
ドレスの裾を持ち上げ、夜風を感じながら深く呼吸する。
静かな夜――騒動も、視線も、もうここにはない。
「……疲れたなぁ」
そんな事を呟いていた──その時、後ろから小さな足音が聞こえた。
「セラフィーナ様……少し、いいかしら?」
振り返ると、そこにいたのはクラウディア・レイゼンだった。
舞踏会で見せていた完璧な微笑みはすでになく、彼女はどこか気まずそうに視線を逸らしていた。
その白銀の髪が、夜風にそっと揺れる。
「クラウディア様……え、ええ、大丈夫です」
「では、失礼いたしまして……まずは、先ほどは……いえ、これまでのこと、全て……謝らせてください」
セラフィーナが何かを言う前に、クラウディアは深く頭を下げた。
貴族の娘が人前でこれほどはっきりと頭を下げる姿に、セラフィーナは思わず息を呑んだ。
「あなたが……あの場で、私を守ってくれた。命を張って、王を……そして、私まで――」
顔を上げたクラウディアの瞳は、わずかに赤く潤んでいた。
それを隠すように、彼女は小さく笑った。
「本当に……ありがとう。言葉だけじゃ足りないけれど、どうしても伝えたくて」
セラフィーナは、ふわりと微笑んで首を振る。
「「い、いえいえ、そんな……私は嘗て戦場で『聖女』として動き回っておりました。自分の身ぐらいは守れるぐらいの力はあります。まぁ、自己流なのですが……咄嗟に体が動いてしまっただけの事なので気にしないでください……クラウディア様に、怪我がなくてよかった」
「……そういうところ、本当にずるいわ」
クラウディアはかすかに笑って、瞳を伏せた。
そして──少し沈黙を置いた後、ゆっくりと口を開く。
「ねえ、セラフィーナ様。私……正妃になるつもりはないの……もちろん、王様、ライグ様も承知の上よ」
「え……」
「私たちも元々、『白い結婚』みたいな感じの事を計画していたの。もし、この結婚が出たら、の話なのだけど」
その言葉は、風に乗って静かに届いた。
セラフィーナは驚いたように瞬きをするが、何も言わずに耳を傾ける。
「……ずっと、周りが期待していたの。白狐族の誇り、王に相応しい令嬢、名門の後継ぎ……誰もが言ったわ、「クラウディアが正妃になるべき」だって」
その言葉には、どこか痛みが滲んでいた。
「私自身も、ずっとそう思い込もうとしてたの。自分の気持ちより、立場や名誉のほうが大切だって……でも、本当はずっと苦しかった。息が詰まりそうだったのよ」
その声は、震えている。
けれど、それでも止まらずに続ける。
「両親の期待も、周囲の視線も、裏切りたくなかった……怖かったの。失望される娘になってしまうのが」
彼女の言葉に、セラフィーナはそっと歩み寄る。
ただ、そばに立って、何も言わずに耳を傾け続けた。
「でも──あなたがあの場で、私を守ってくれた時……ああ、私……ずっと間違ってたんだって、心の底から思ったの」
クラウディアの肩が、小さく震える。
「私、守る人間になりたかったはずなのに……いつのまにか、守られることしか考えてなかった」
そして――彼女は、初めて涙を流した。
目元に一筋、夜に濡れた光の線が落ちる。
それは令嬢としての仮面が、完全に崩れた瞬間だった。
「だから、もうやめるわ……周囲の期待に応えるだけの『誰か』は、もうやめるわ。これからは……私の人生を、私自身として生きていく。欲しいものは、自分の足で取りに行く。悔しい時はちゃんと悔しがるわ」
涙の痕を指でぬぐい、クラウディアは笑った。
その姿は初めて見る、仮面ではない本当の笑顔だった。
それは、どこか不器用で、けれどとても美しかった。
セラフィーナは微笑んで、そっとその手を取る。
「……応援します、クラウディア様。きっと、これからのあなたはもっと自由で、強くなれる」
その言葉に、クラウディアの目が潤む――けれど今度は、涙は落ちない。
それは、乗り越えた者の瞳だった。
「ありがとう、セラフィーナ様……あなたがいてくれて、よかった」
月の光が二人の姿を静かに照らしている。
すれ違いと誤解、誇りと虚勢。
そのすべてを越え、ようやく『心』で繋がった二人の対話は、夜の静寂の中ひとつの結末を迎えた。
月光に照らされた白石の回廊は、人影も少なく静寂に包まれていた。
セラフィーナは、一人、花壇のそばに立っていた。
ドレスの裾を持ち上げ、夜風を感じながら深く呼吸する。
静かな夜――騒動も、視線も、もうここにはない。
「……疲れたなぁ」
そんな事を呟いていた──その時、後ろから小さな足音が聞こえた。
「セラフィーナ様……少し、いいかしら?」
振り返ると、そこにいたのはクラウディア・レイゼンだった。
舞踏会で見せていた完璧な微笑みはすでになく、彼女はどこか気まずそうに視線を逸らしていた。
その白銀の髪が、夜風にそっと揺れる。
「クラウディア様……え、ええ、大丈夫です」
「では、失礼いたしまして……まずは、先ほどは……いえ、これまでのこと、全て……謝らせてください」
セラフィーナが何かを言う前に、クラウディアは深く頭を下げた。
貴族の娘が人前でこれほどはっきりと頭を下げる姿に、セラフィーナは思わず息を呑んだ。
「あなたが……あの場で、私を守ってくれた。命を張って、王を……そして、私まで――」
顔を上げたクラウディアの瞳は、わずかに赤く潤んでいた。
それを隠すように、彼女は小さく笑った。
「本当に……ありがとう。言葉だけじゃ足りないけれど、どうしても伝えたくて」
セラフィーナは、ふわりと微笑んで首を振る。
「「い、いえいえ、そんな……私は嘗て戦場で『聖女』として動き回っておりました。自分の身ぐらいは守れるぐらいの力はあります。まぁ、自己流なのですが……咄嗟に体が動いてしまっただけの事なので気にしないでください……クラウディア様に、怪我がなくてよかった」
「……そういうところ、本当にずるいわ」
クラウディアはかすかに笑って、瞳を伏せた。
そして──少し沈黙を置いた後、ゆっくりと口を開く。
「ねえ、セラフィーナ様。私……正妃になるつもりはないの……もちろん、王様、ライグ様も承知の上よ」
「え……」
「私たちも元々、『白い結婚』みたいな感じの事を計画していたの。もし、この結婚が出たら、の話なのだけど」
その言葉は、風に乗って静かに届いた。
セラフィーナは驚いたように瞬きをするが、何も言わずに耳を傾ける。
「……ずっと、周りが期待していたの。白狐族の誇り、王に相応しい令嬢、名門の後継ぎ……誰もが言ったわ、「クラウディアが正妃になるべき」だって」
その言葉には、どこか痛みが滲んでいた。
「私自身も、ずっとそう思い込もうとしてたの。自分の気持ちより、立場や名誉のほうが大切だって……でも、本当はずっと苦しかった。息が詰まりそうだったのよ」
その声は、震えている。
けれど、それでも止まらずに続ける。
「両親の期待も、周囲の視線も、裏切りたくなかった……怖かったの。失望される娘になってしまうのが」
彼女の言葉に、セラフィーナはそっと歩み寄る。
ただ、そばに立って、何も言わずに耳を傾け続けた。
「でも──あなたがあの場で、私を守ってくれた時……ああ、私……ずっと間違ってたんだって、心の底から思ったの」
クラウディアの肩が、小さく震える。
「私、守る人間になりたかったはずなのに……いつのまにか、守られることしか考えてなかった」
そして――彼女は、初めて涙を流した。
目元に一筋、夜に濡れた光の線が落ちる。
それは令嬢としての仮面が、完全に崩れた瞬間だった。
「だから、もうやめるわ……周囲の期待に応えるだけの『誰か』は、もうやめるわ。これからは……私の人生を、私自身として生きていく。欲しいものは、自分の足で取りに行く。悔しい時はちゃんと悔しがるわ」
涙の痕を指でぬぐい、クラウディアは笑った。
その姿は初めて見る、仮面ではない本当の笑顔だった。
それは、どこか不器用で、けれどとても美しかった。
セラフィーナは微笑んで、そっとその手を取る。
「……応援します、クラウディア様。きっと、これからのあなたはもっと自由で、強くなれる」
その言葉に、クラウディアの目が潤む――けれど今度は、涙は落ちない。
それは、乗り越えた者の瞳だった。
「ありがとう、セラフィーナ様……あなたがいてくれて、よかった」
月の光が二人の姿を静かに照らしている。
すれ違いと誤解、誇りと虚勢。
そのすべてを越え、ようやく『心』で繋がった二人の対話は、夜の静寂の中ひとつの結末を迎えた。