戦場帰りの聖女は「穢れた」と断罪され追放されたけれど、獣人の王に拾われて契約結婚したら溺愛されました~追放した王国が滅びかけて土下座してきましたが私はもう戻りません~
第29話 王都よりの使者
静かな午後、フェルグレイの王城――陽の差し込む小さな庭園のテラス席で、セラフィーナは椅子に腰かけていた。
「セラ様、お茶のおかわりをどうぞ。今日のは秋摘みのダージリンです」
柔らかな声とともに、侍女のミリアが銀のポットを差し出す。
カップから立ち上る香りに、セラフィーナはそっと目を細めた。
「ありがとうミリア。香りがすごく……落ち着くな」
「そうでしょう? 今朝、城下の茶屋さんから特別に仕入れたんですのよ」
「ああ、いつもありがとう」
――穏やかな日常。
つい数ヶ月前には考えられなかった、安心できる午後。
だが、その空気はすぐに破られることになる。
足音が近づく。
硬質な革靴の音。
低く、ぶれのない歩調。
振り向かずとも、それが誰かセラフィーナにはすぐに分かった。
「……陛下?」
「少し、いいか」
低く落ち着いた声。
ふだんなら冗談の一つも交える彼の口調が今日は妙に硬かった。
「もしかして何か、あったんですか?」
ライグは小さく頷き、言葉を選ぶように続けた。
「さきほど、王都レガリアからの使節団が城門に到着した。正式な要請があるらしい」
「要請……?」
嫌な予感が、背筋を走る。
彼の眼差しには、警戒と怒りが僅かに宿っていた。
「……おそらく、「お前を返せ」という話だ」
「……向こうが勝手に私の事を「穢れた聖女」だって言って追放したはずですよね?」
「ああ、そのようにお前から聞いているはずだったんだが……」
「ええー……」
紅茶の香りが、ふっと遠のく。
セラフィーナはこの世の終わりのように、同時に嫌そうな顔をしながらライグに視線を向けるのだった。
▽
秋の風が、フェルグレイの城門を抜けて吹き抜けた午後。
荘厳な黒狼の紋章が揺れる城門の前に、一団の馬車が姿を現した。
――王都からの使節団。
厳しい面持ちの男たちに囲まれ、中央に立つのは年配の神官風の男。
白金の刺繍が施されたローブは格式高く、その歩み一つで威圧を感じさせた。
使節団はあらかじめ送られてきた書状に基づいて、正式な礼を取りながらも明らかに高圧的だった。
応対に出たフェルグレイの近衛たちは警戒を緩めず厳重な監視の中、王の謁見の間へと案内されていく。
──王の間。
黄金と黒の装飾が施された玉座に、フェルグレイ国王・ライグ・ヴァルナークは静かに座していた。
その隣には王妃として席を与えられたセラフィーナの姿がある。
(うわ、本当に来た……めんどくさいなぁ……)
静かな顔をしているセラフィーナだったが、そのような事を考えていたなんて、誰も知らない。
玉座に使節団が進み出ると先頭の神官が一礼をし、口を開いた。
「このたび、我らは王都レガリアより、重大な使命を帯び参上いたしました……前聖女セラフィーナ・ミレティス殿の返還を要請いたします」
広間に、緊張が走る。
セラフィーナは黙ってその言葉を受け止めていたが、ライグの眉がぴくりと動いた。
だが使者は、あえてそれに気づかぬふりをして言葉を続ける。
「そもそも彼女は我が王都の『聖女』としての務めを放棄し、その身を勝手に他国へと移した身」
(ええ、追い出したのそっちじゃないかぁ……何言っているんだこの人?)
「また、フェルグレイ王とのご関係も『形式上の婚姻』と聞き及んでおります。であるならば、この地でこれ以上彼女を拘束される道理は――」
──その瞬間。
『どん』と音を立てて、ライグが玉座から立ち上がった。
彼の金の瞳が、燃えるように光を放つ。
「言葉を慎め」
重く、鋭く響いたその一声で、広間の空気が一変する。
セラフィーナもそんなライグの態度を見て、一瞬驚いた顔をしてしまった。
(え、なんで怒るんだ陛下?)
まさかそのような態度をとるとは予想をしていなかったので、呆然としながらライグを見るが、彼は全く態度を変えない。
使節団の者たちは、一瞬、足元の空間が崩れたような錯覚に陥った。
王の威圧感とは、ここまでのものか。
ライグはゆっくりと、玉座から降りる。
そしてセラフィーナの前に立ち、まるで守るように一歩、彼女の前へと出た。
「セラフィーナ・ミレティスは、もはや王都の『モノ』ではない。彼女はフェルグレイの『王妃』であり、我が国において正式に迎え入れられた存在だ……貴様、俺の女を手放せと言うのか?」
「で、ですが、殿下。彼女は王都の神聖なる聖女として選ばれた者。癒しの力は王都のもの――」
「黙れ」
ライグの声が低く、冷たく、怒りを押し殺していた。
「貴様らは、癒しの光を“所有物”とでも思っているのか?光は神が与えた奇跡……だが貴様らはそれを利用し、戦場からボロボロになりながら帰ってきたセラフィーナを罵倒し、彼女を『穢れた聖女』として追い払った。そんな貴様らに『返せ』などと言う資格はない」
広間は静まり返る。
だがその沈黙を破ったのは、セラフィーナだった。
彼女は、そっと一歩前へと進み、王の隣に並んだ。
まっすぐに、王都の使者たちを見つめる。
「……あなた方の誰かが、こう言いましたよね?「穢れた聖女には光は宿らない」と」
セラフィーナの声は静かだった。
だが、その一言一言に確かな怒りと悲しみがこもっていた。
「戦場から帰ってきたのは、周りからの冷たい視線でした。そして罵倒を受け、石を投げられ、命の灯を奪われかけた仲間の遺体すら祈りを捧げてもらう事も出来なかった……私はそんな中で、ただ静かに祈る事しか出来なかったんですよ?」
言葉が広間に染み渡る。
「……そんな国に、私は戻りません。もう聖女ではありませんから……癒しの力はあっても私はあなた方の信仰の象徴”ではないのです」
その目に、迷いはなかった。
セラフィーナは、王都を捨てたのではない。
王都が勝手に捨てたのだ。
『穢れた聖女』として。
そして今、自分の意志でこの国に立ち、この王と共に歩むとそう決めたのだ。
しばらく沈黙の後、使節団の神官が小さく呻くように言った。
「……このこと、しかと本国へ伝えます」
「伝えても帰りませんよ?」
「ぐっ……」
(ざまぁみろ)
セラフィーナの言葉を聞いた男は彼女を睨みつけるようにしながら、背を向けて歩き出す。
そして、フェルグレイの者たちはその背を見送る。
一度、追放されたはずの聖女が、いま王妃として王の隣に立っている。
その事実こそが、最大の答えだった。
使節団は、静かに城を後にした。
だが、彼らが王都へ持ち帰る報告は、やがて──腐った王都を揺るがす『火種』となることになるのだった。
「セラ様、お茶のおかわりをどうぞ。今日のは秋摘みのダージリンです」
柔らかな声とともに、侍女のミリアが銀のポットを差し出す。
カップから立ち上る香りに、セラフィーナはそっと目を細めた。
「ありがとうミリア。香りがすごく……落ち着くな」
「そうでしょう? 今朝、城下の茶屋さんから特別に仕入れたんですのよ」
「ああ、いつもありがとう」
――穏やかな日常。
つい数ヶ月前には考えられなかった、安心できる午後。
だが、その空気はすぐに破られることになる。
足音が近づく。
硬質な革靴の音。
低く、ぶれのない歩調。
振り向かずとも、それが誰かセラフィーナにはすぐに分かった。
「……陛下?」
「少し、いいか」
低く落ち着いた声。
ふだんなら冗談の一つも交える彼の口調が今日は妙に硬かった。
「もしかして何か、あったんですか?」
ライグは小さく頷き、言葉を選ぶように続けた。
「さきほど、王都レガリアからの使節団が城門に到着した。正式な要請があるらしい」
「要請……?」
嫌な予感が、背筋を走る。
彼の眼差しには、警戒と怒りが僅かに宿っていた。
「……おそらく、「お前を返せ」という話だ」
「……向こうが勝手に私の事を「穢れた聖女」だって言って追放したはずですよね?」
「ああ、そのようにお前から聞いているはずだったんだが……」
「ええー……」
紅茶の香りが、ふっと遠のく。
セラフィーナはこの世の終わりのように、同時に嫌そうな顔をしながらライグに視線を向けるのだった。
▽
秋の風が、フェルグレイの城門を抜けて吹き抜けた午後。
荘厳な黒狼の紋章が揺れる城門の前に、一団の馬車が姿を現した。
――王都からの使節団。
厳しい面持ちの男たちに囲まれ、中央に立つのは年配の神官風の男。
白金の刺繍が施されたローブは格式高く、その歩み一つで威圧を感じさせた。
使節団はあらかじめ送られてきた書状に基づいて、正式な礼を取りながらも明らかに高圧的だった。
応対に出たフェルグレイの近衛たちは警戒を緩めず厳重な監視の中、王の謁見の間へと案内されていく。
──王の間。
黄金と黒の装飾が施された玉座に、フェルグレイ国王・ライグ・ヴァルナークは静かに座していた。
その隣には王妃として席を与えられたセラフィーナの姿がある。
(うわ、本当に来た……めんどくさいなぁ……)
静かな顔をしているセラフィーナだったが、そのような事を考えていたなんて、誰も知らない。
玉座に使節団が進み出ると先頭の神官が一礼をし、口を開いた。
「このたび、我らは王都レガリアより、重大な使命を帯び参上いたしました……前聖女セラフィーナ・ミレティス殿の返還を要請いたします」
広間に、緊張が走る。
セラフィーナは黙ってその言葉を受け止めていたが、ライグの眉がぴくりと動いた。
だが使者は、あえてそれに気づかぬふりをして言葉を続ける。
「そもそも彼女は我が王都の『聖女』としての務めを放棄し、その身を勝手に他国へと移した身」
(ええ、追い出したのそっちじゃないかぁ……何言っているんだこの人?)
「また、フェルグレイ王とのご関係も『形式上の婚姻』と聞き及んでおります。であるならば、この地でこれ以上彼女を拘束される道理は――」
──その瞬間。
『どん』と音を立てて、ライグが玉座から立ち上がった。
彼の金の瞳が、燃えるように光を放つ。
「言葉を慎め」
重く、鋭く響いたその一声で、広間の空気が一変する。
セラフィーナもそんなライグの態度を見て、一瞬驚いた顔をしてしまった。
(え、なんで怒るんだ陛下?)
まさかそのような態度をとるとは予想をしていなかったので、呆然としながらライグを見るが、彼は全く態度を変えない。
使節団の者たちは、一瞬、足元の空間が崩れたような錯覚に陥った。
王の威圧感とは、ここまでのものか。
ライグはゆっくりと、玉座から降りる。
そしてセラフィーナの前に立ち、まるで守るように一歩、彼女の前へと出た。
「セラフィーナ・ミレティスは、もはや王都の『モノ』ではない。彼女はフェルグレイの『王妃』であり、我が国において正式に迎え入れられた存在だ……貴様、俺の女を手放せと言うのか?」
「で、ですが、殿下。彼女は王都の神聖なる聖女として選ばれた者。癒しの力は王都のもの――」
「黙れ」
ライグの声が低く、冷たく、怒りを押し殺していた。
「貴様らは、癒しの光を“所有物”とでも思っているのか?光は神が与えた奇跡……だが貴様らはそれを利用し、戦場からボロボロになりながら帰ってきたセラフィーナを罵倒し、彼女を『穢れた聖女』として追い払った。そんな貴様らに『返せ』などと言う資格はない」
広間は静まり返る。
だがその沈黙を破ったのは、セラフィーナだった。
彼女は、そっと一歩前へと進み、王の隣に並んだ。
まっすぐに、王都の使者たちを見つめる。
「……あなた方の誰かが、こう言いましたよね?「穢れた聖女には光は宿らない」と」
セラフィーナの声は静かだった。
だが、その一言一言に確かな怒りと悲しみがこもっていた。
「戦場から帰ってきたのは、周りからの冷たい視線でした。そして罵倒を受け、石を投げられ、命の灯を奪われかけた仲間の遺体すら祈りを捧げてもらう事も出来なかった……私はそんな中で、ただ静かに祈る事しか出来なかったんですよ?」
言葉が広間に染み渡る。
「……そんな国に、私は戻りません。もう聖女ではありませんから……癒しの力はあっても私はあなた方の信仰の象徴”ではないのです」
その目に、迷いはなかった。
セラフィーナは、王都を捨てたのではない。
王都が勝手に捨てたのだ。
『穢れた聖女』として。
そして今、自分の意志でこの国に立ち、この王と共に歩むとそう決めたのだ。
しばらく沈黙の後、使節団の神官が小さく呻くように言った。
「……このこと、しかと本国へ伝えます」
「伝えても帰りませんよ?」
「ぐっ……」
(ざまぁみろ)
セラフィーナの言葉を聞いた男は彼女を睨みつけるようにしながら、背を向けて歩き出す。
そして、フェルグレイの者たちはその背を見送る。
一度、追放されたはずの聖女が、いま王妃として王の隣に立っている。
その事実こそが、最大の答えだった。
使節団は、静かに城を後にした。
だが、彼らが王都へ持ち帰る報告は、やがて──腐った王都を揺るがす『火種』となることになるのだった。