戦場帰りの聖女は「穢れた」と断罪され追放されたけれど、獣人の王に拾われて契約結婚したら溺愛されました~追放した王国が滅びかけて土下座してきましたが私はもう戻りません~
第31話 偽聖女の祝祷【王都視点】
王都――聖光大聖堂。
白亜の尖塔が天に向かって聳え立ち、聖具を埋め込んだアーチが礼拝堂の天井を荘厳に彩っていた。
その中心に立つのは新たなる聖女、ルクレツィア・ロスフェリア。
美しい黒髪を編み上げ、銀糸で刺繍された純白の衣を身にまとう。
絹の裾が床をなぞり、ゆっくりと玉座の前へと進んでいく。
左右には列席する貴族や教会関係者、後方には民衆たちが静かに祈りの時を待っていた。
今日、彼女は「祝祷の奇跡」を行う。
――前任の聖女、セラフィーナ・ミレティスが行ってきた儀式。
王都で最も信仰心の篤い者たちの前で、聖なる癒しを示す場だ。
ルクレツィアは、祭壇の前に跪いた。
両手を胸元に重ね、聖句を唱える。
「聖なる光よ、我らの祈りに応えたまえ──穢れを祓い、祝福をこの地に……」
その声は柔らかく、美しかった。
立ち居振る舞いも完璧、所作に一切の乱れはない。
けれど、奇跡は──起きなかった。
通常なら、聖女の祈りに呼応して、聖石の光が淡く灯り、癒しの風が舞うはずだった。
しかし、祭壇の前に設置された聖石は微動だにしない。
参列者の表情に、じわりと不安の色が滲み始めた。
(おかしい、どうして反応しないの?)
ルクレツィアは、内心の焦りを必死に押し隠して、さらに祈りを続ける。
しかし、何度唱えても、空気は静寂を保ったままだった。
──つい先日までは違った。
セラフィーナ・ミレティスが聖女としてここに立っていた頃、奇跡は誰もが目に見える形で現れた。
たとえ病を癒さずとも、人々の心に確かに何かを灯す『神聖』があった。
だが、今。
「……これは……」
「なんだ? 祝祷じゃないのか……?」
「何も、起きていない……?」
参列者のざわめきが、徐々に広がる。
最前列にいた神官長が顔をしかめ、静かに視線を逸らした。
用意された魔道細工による演出も、セラフィーナの時代と違い、明らかに機械的で、民衆の目にはごまかしの光として映っていた。
「これは……細工か……」
「……いや、あれは偽物の光だ」
特に、信仰心の篤い者ほど、かえって違和感に敏感だった。
目の前で“奇跡”が起きないことが、何よりの『証明』だった。
焦燥と疑念が、空気に混じって広がっていく。
(どうして!?教えられた通りに祈ったのに……!)
ルクレツィアの喉が、かすかに震える。
民衆は、聖女に癒しを求めている。
けれど彼女には、その力がない。
癒しの力も、奇跡の導きも、何も持っていなかった。
ただ、周囲の期待と、家門の威光に背を押され、
空席になった『聖女』という椅子に座らされた──それだけ。
誰かの代わりとして。
(セラフィーナ・ミレティス……っ!)
名も、姿も、今は遠くにあるはずの『本物』。
だが、その存在は、王都の空気からまだ消えていなかった。
沈黙が続く大聖堂の中、ルクレツィアは、震える唇で笑みを作りながら祈り続けていた。
だが、その姿は、もう聖なる光には見えなかった。
白亜の尖塔が天に向かって聳え立ち、聖具を埋め込んだアーチが礼拝堂の天井を荘厳に彩っていた。
その中心に立つのは新たなる聖女、ルクレツィア・ロスフェリア。
美しい黒髪を編み上げ、銀糸で刺繍された純白の衣を身にまとう。
絹の裾が床をなぞり、ゆっくりと玉座の前へと進んでいく。
左右には列席する貴族や教会関係者、後方には民衆たちが静かに祈りの時を待っていた。
今日、彼女は「祝祷の奇跡」を行う。
――前任の聖女、セラフィーナ・ミレティスが行ってきた儀式。
王都で最も信仰心の篤い者たちの前で、聖なる癒しを示す場だ。
ルクレツィアは、祭壇の前に跪いた。
両手を胸元に重ね、聖句を唱える。
「聖なる光よ、我らの祈りに応えたまえ──穢れを祓い、祝福をこの地に……」
その声は柔らかく、美しかった。
立ち居振る舞いも完璧、所作に一切の乱れはない。
けれど、奇跡は──起きなかった。
通常なら、聖女の祈りに呼応して、聖石の光が淡く灯り、癒しの風が舞うはずだった。
しかし、祭壇の前に設置された聖石は微動だにしない。
参列者の表情に、じわりと不安の色が滲み始めた。
(おかしい、どうして反応しないの?)
ルクレツィアは、内心の焦りを必死に押し隠して、さらに祈りを続ける。
しかし、何度唱えても、空気は静寂を保ったままだった。
──つい先日までは違った。
セラフィーナ・ミレティスが聖女としてここに立っていた頃、奇跡は誰もが目に見える形で現れた。
たとえ病を癒さずとも、人々の心に確かに何かを灯す『神聖』があった。
だが、今。
「……これは……」
「なんだ? 祝祷じゃないのか……?」
「何も、起きていない……?」
参列者のざわめきが、徐々に広がる。
最前列にいた神官長が顔をしかめ、静かに視線を逸らした。
用意された魔道細工による演出も、セラフィーナの時代と違い、明らかに機械的で、民衆の目にはごまかしの光として映っていた。
「これは……細工か……」
「……いや、あれは偽物の光だ」
特に、信仰心の篤い者ほど、かえって違和感に敏感だった。
目の前で“奇跡”が起きないことが、何よりの『証明』だった。
焦燥と疑念が、空気に混じって広がっていく。
(どうして!?教えられた通りに祈ったのに……!)
ルクレツィアの喉が、かすかに震える。
民衆は、聖女に癒しを求めている。
けれど彼女には、その力がない。
癒しの力も、奇跡の導きも、何も持っていなかった。
ただ、周囲の期待と、家門の威光に背を押され、
空席になった『聖女』という椅子に座らされた──それだけ。
誰かの代わりとして。
(セラフィーナ・ミレティス……っ!)
名も、姿も、今は遠くにあるはずの『本物』。
だが、その存在は、王都の空気からまだ消えていなかった。
沈黙が続く大聖堂の中、ルクレツィアは、震える唇で笑みを作りながら祈り続けていた。
だが、その姿は、もう聖なる光には見えなかった。