戦場帰りの聖女は「穢れた」と断罪され追放されたけれど、獣人の王に拾われて契約結婚したら溺愛されました~追放した王国が滅びかけて土下座してきましたが私はもう戻りません~
第35話 姫君、お忍びにて市へ
フェルグレイの秋は、陽射しが柔らかい。
城の高台から見下ろせば、市街の通りには赤や金に染まった木々が並び、風がそっと木の葉を踊らせていた。
そんなある日の午後、城の裏門からそっと姿を現した三人の影があった。
一人は、優雅な身のこなしと落ち着いた雰囲気を纏った女性──セラフィーナ・ミレティス。
そして、彼女の両脇にぴたりと寄り添うようにして歩くのは、少年ノアと、少女カルミア。
二人は嬉しそうに笑いながら、セラフィーナの手を握りしめている。
「……わぁ、すごい!賑やかだ!」
ノアが両手を広げて街の光景に目を輝かせた。
市の通りには露店が並び、パンや果物、雑貨、衣服、そして玩具の店までもが立ち並んでいる。
焼き菓子の香ばしい匂い、革細工を叩く音、子どもたちの笑い声──すべてが、生きた街の音だった。
「今日はライグ様から、正式に息抜きをしていいとの許可をいただきました。楽しんでくださいね、二人とも」
「「うん!」」
セラフィーナはそう言って微笑み、フード付きの外套の襟を少しだけ上げる。
彼女の髪は目立つため、町では控えめにしていたいのだ。
そして彼女は知っている――自分たちの後ろには、遠巻きに常に『護衛』がついていることを。
目には見えぬが、気配の中に確かに感じる。
彼らは決して彼女を見失うことはない。
(別に護衛なんて必要なんだがなぁ……私、強いし)
そんな事を考えつつ、拳を握りしめたのだが、ライグはどうしても用意すると聞かなかったので、結局護衛が一人、ついてしまった。
ノアとカルミアはそんな事は知らないまま、楽しそうに笑っている。
「ノア、ノア!あれ見て!うさぎのぬいぐるみっ」
「カルミア、それはひよこだろ……耳が短いから」
「ええー!?でもこの子、うさぎの顔してるよ?」
カルミアが店先のぬいぐるみに抱きつきながらあれこれ議論を始める。
セラフィーナはその様子を見て、くすくすと笑った。
「……ふふ、二人とも、まだまだ子供だな」
気づけば、通りすがりの人々が彼女たちに自然と笑みを向けている。
誰も彼女が『王妃』だとは気づいていない。
けれど――すれ違いざまに交わされる「こんにちは」「いい天気ですね」といった挨拶。
商人の「今日はご家族でお出かけですか?」という柔らかな声。
そのどれもが、セラフィーナの心を優しく包むような温もりを持っていた。
偽りでも、気遣いでもなく、本物の眼差し
ほんの数ヶ月前まで、石を投げられ、罵声を浴びていた自分が……今ここで、人々のなかにいて、笑っている。
ふと、セラフィーナは足を止め、空を仰ぐ。
澄みきった秋空――風は冷たくても、陽射しはやわらかい。
「……こんなふうに、笑い合って……」
「?」
双子がセラを見上げる。
「何気ない時間の中で、穏やかに過ごせる場所があるなんて……」
言葉の最後が、少しだけ震えていた。
でも、それは悲しみではなく――じんわりと胸に広がる安堵だった。
「……ここが、私の居場所かもしれないわね」
そのつぶやきに、カルミアがにこりと笑って頷いた。
「うん、セラさまはね、ここの人たちにすっごく好かれてるよ」
「王妃様ってこと、知られてないのにさ、なんでかな?」
ノアが不思議そうに首をかしげる。
セラフィーナは少し考えてから、言った。
「たぶん……わたしが笑ってるから、かもしれない」
「え?」
「人はね、不思議とわかるのよ。怖い人か、やさしい人か……本当に幸せそうな人か、そうじゃないか……」
カルミアがぽかんとした顔で、ノアは少し照れたように笑う。
その無垢な反応が、セラフィーナの胸にいっそうの温かさを灯した。
街の人々が、にこやかにその光景を見送る中──セラフィーナは、この地で初めて普通と言う幸せというものに触れていた。
けれどその日常の陰で、別の気配が、静かに彼女を狙い始めていた。
影の護衛は、気づいていた。
人の波の中に、少しだけ違う気配が混ざり始めていることに。
城の高台から見下ろせば、市街の通りには赤や金に染まった木々が並び、風がそっと木の葉を踊らせていた。
そんなある日の午後、城の裏門からそっと姿を現した三人の影があった。
一人は、優雅な身のこなしと落ち着いた雰囲気を纏った女性──セラフィーナ・ミレティス。
そして、彼女の両脇にぴたりと寄り添うようにして歩くのは、少年ノアと、少女カルミア。
二人は嬉しそうに笑いながら、セラフィーナの手を握りしめている。
「……わぁ、すごい!賑やかだ!」
ノアが両手を広げて街の光景に目を輝かせた。
市の通りには露店が並び、パンや果物、雑貨、衣服、そして玩具の店までもが立ち並んでいる。
焼き菓子の香ばしい匂い、革細工を叩く音、子どもたちの笑い声──すべてが、生きた街の音だった。
「今日はライグ様から、正式に息抜きをしていいとの許可をいただきました。楽しんでくださいね、二人とも」
「「うん!」」
セラフィーナはそう言って微笑み、フード付きの外套の襟を少しだけ上げる。
彼女の髪は目立つため、町では控えめにしていたいのだ。
そして彼女は知っている――自分たちの後ろには、遠巻きに常に『護衛』がついていることを。
目には見えぬが、気配の中に確かに感じる。
彼らは決して彼女を見失うことはない。
(別に護衛なんて必要なんだがなぁ……私、強いし)
そんな事を考えつつ、拳を握りしめたのだが、ライグはどうしても用意すると聞かなかったので、結局護衛が一人、ついてしまった。
ノアとカルミアはそんな事は知らないまま、楽しそうに笑っている。
「ノア、ノア!あれ見て!うさぎのぬいぐるみっ」
「カルミア、それはひよこだろ……耳が短いから」
「ええー!?でもこの子、うさぎの顔してるよ?」
カルミアが店先のぬいぐるみに抱きつきながらあれこれ議論を始める。
セラフィーナはその様子を見て、くすくすと笑った。
「……ふふ、二人とも、まだまだ子供だな」
気づけば、通りすがりの人々が彼女たちに自然と笑みを向けている。
誰も彼女が『王妃』だとは気づいていない。
けれど――すれ違いざまに交わされる「こんにちは」「いい天気ですね」といった挨拶。
商人の「今日はご家族でお出かけですか?」という柔らかな声。
そのどれもが、セラフィーナの心を優しく包むような温もりを持っていた。
偽りでも、気遣いでもなく、本物の眼差し
ほんの数ヶ月前まで、石を投げられ、罵声を浴びていた自分が……今ここで、人々のなかにいて、笑っている。
ふと、セラフィーナは足を止め、空を仰ぐ。
澄みきった秋空――風は冷たくても、陽射しはやわらかい。
「……こんなふうに、笑い合って……」
「?」
双子がセラを見上げる。
「何気ない時間の中で、穏やかに過ごせる場所があるなんて……」
言葉の最後が、少しだけ震えていた。
でも、それは悲しみではなく――じんわりと胸に広がる安堵だった。
「……ここが、私の居場所かもしれないわね」
そのつぶやきに、カルミアがにこりと笑って頷いた。
「うん、セラさまはね、ここの人たちにすっごく好かれてるよ」
「王妃様ってこと、知られてないのにさ、なんでかな?」
ノアが不思議そうに首をかしげる。
セラフィーナは少し考えてから、言った。
「たぶん……わたしが笑ってるから、かもしれない」
「え?」
「人はね、不思議とわかるのよ。怖い人か、やさしい人か……本当に幸せそうな人か、そうじゃないか……」
カルミアがぽかんとした顔で、ノアは少し照れたように笑う。
その無垢な反応が、セラフィーナの胸にいっそうの温かさを灯した。
街の人々が、にこやかにその光景を見送る中──セラフィーナは、この地で初めて普通と言う幸せというものに触れていた。
けれどその日常の陰で、別の気配が、静かに彼女を狙い始めていた。
影の護衛は、気づいていた。
人の波の中に、少しだけ違う気配が混ざり始めていることに。