戦場帰りの聖女は「穢れた」と断罪され追放されたけれど、獣人の王に拾われて契約結婚したら溺愛されました~追放した王国が滅びかけて土下座してきましたが私はもう戻りません~
第36話 人ごみの影に潜むもの
市の通りは日が傾きかけてもなお賑わいを増していた。
秋祭りが近いからか、屋台の数も人の数も増えており通りはさながら人の川だった。
「セラっ!セラ!これ、見てみて!」
カルミアが笑顔で手を引き、ノアが甘い焼き菓子を両手に抱えて追いかける。
その微笑ましい光景に、セラフィーナも思わず頬を緩めた。
「そんなに慌てなくても、ちゃんと見てるぞ……ふふ、お行儀よく、な?」
「うんっ!」
けれど、次の瞬間──人の波が、思わぬ形で押し寄せた。
後ろから走り抜けた子どもたちの勢いに反応し、周囲の大人たちがざわめきながら動いたことで、瞬間的に混乱が起きたのだ。
「──ノア!?カルミア!?」
ふと手を離した瞬間、二人の小さな姿が人の流れに飲まれるように視界から消える。
セラフィーナはすぐに駆け出した。
「ノア!カルミア!どこだ!?」
人混みの中、声を張っても、返事はない。
焦りが胸を叩きかけたその瞬間――背後で足音が止まった。
「──ようやく、一人になったな」
不意に、耳の奥で風が止まったような感覚があった。
そして、低く――鼻にかかったような声が背後から響いた。
「やっと見つけたぞ、『元』聖女」
セラフィーナが振り返ると、そこには数人の男たちが立っている。
黒衣に身を包み、目深にフードをかぶったその姿は周囲の喧騒からまるで切り離された異質な存在。
その中の一人が一歩、前に出る。
濁った金の目が、フードの奥から冷たく光っていた。
「……王都の使者、ですね?」
セラフィーナの声は落ち着いていたが、その奥にある緊張を感じ取ったのか、対峙する男の口元がゆがむ。
「『穢れた聖女』……セラフィーナ・ミレティス」
ぞっとするような侮蔑の響きが、その名を汚すように発せられた。
「王妃ごっこは、さぞ楽しかったろう?」
男はにやりと唇を吊り上げた。
軽蔑と悪意が、あからさまに込められている。
「だがその茶番も、今日で終わりだ。お前の罪を清算するため王都へ戻ってもらう。その身も、その力も――本来あるべき場所へな」
その言葉にセラフィーナの表情が一瞬だけ強張った。
だが、すぐに冷たい静けさを取り戻す。
「……『罪』?」
その言葉をゆっくりと繰り返し、まっすぐに男を見据える。
「私が、誰を裏切ったと?」
「貴様は、『王都』を裏切った」
別の男が低く叫ぶ。
「教会の庇護を受け、民の希望を背負っていたお前が、勝手に異国の王に身を預けた――それは裏切り以外の何だ」
「その力は、もともとこの国のためにあった」
「それを他国に与えるとは、愚かにも程がある」
セラフィーナはゆっくりと視線を巡らせる。
男たちの目は冷たく、どこまでも自己中心的だった。
まるで彼女を『物』のように扱い、所有物が逃げたとでも言わんばかりに。
そして――口を開いた。
「はぁ……くだらない」
その言葉は、静かだった。
けれど、確実に空気が変わった。
セラフィーナ一歩前に出る。
「私はお前たちに救われた事なんてない。寧ろ私が『穢れた聖女』と言われるようになると罵倒し、石を投げられ、力を恐れられ……それでも、祈りを捨てなかった私にあなたたちは何を与えてくれたか?」
男たちが口をつぐむ。だが、それは怯みではなかった。
すぐに、先頭の男が憎悪をにじませて吠えた。
「――黙れ! その傲慢さがお前の罪だ!」
セラフィーナはわずかに笑った。
それは皮肉でも嘲りでもなく、ただ、静かな見下しだった。
「ええ、わかってるさ……『本物』がいると困るんだろう?だからあなたたちは、あらゆる手を使ってでも私を黙らせようとした。王妃であることも、異国で愛されることも――全部、あなたたちには都合が悪い、と。全く、クソめんどくさいな……だが、それが罪だというなら、喜んで背負いましょうか」
言い切ったその瞬間。
男たちの周囲の空気が変わった。
一斉に動き、取り囲む気配。
そして――魔道具の気配が、闇の中から静かに忍び寄っていた。
セラフィーナは、静かに一歩前へ出た。
「私は追放されたんです。聖女としても、人としても……穢れたと罵られ、石を投げられ、信仰を断ち切られた。それでも生きるために歩いてきたんだ──なのに今さら何を?」
男たちが手を構える。
腰に短剣、袖口には小型の魔道具。
相手の言う事など元々聞くつもりないのだ。
「問答無用だ。おとなしく──」
「……なら、遠慮なく」
次の瞬間、空気が変わる。
セラフィーナの足が、音もなく石畳を蹴る。
風を切るような勢いで一人の男の腕を弾き、逆関節にねじり上げた。
「ぐあっ──!?」
呻き声と同時に、魔道具が地面に落ち、火花を散らす。
「私を、王の操り人形だと?」
もう一人の男が剣を抜くも、セラフィーナは躊躇なく左腕で受け流し右肘で喉元を突いた。
「なめないでくれないか……私は戦場で生き抜いた元聖女だぞ?」
男が崩れ落ちる。
残る者たちも動くが、セラフィーナの動きは鋭く、止まらない。
敵の動線を読み、障害物を利用し、魔力の流れを制して無力化する。
その動きに、無駄な一切はない。
これが──戦場を生き抜いた聖女の力。
一人、また一人と地に伏す中、最後の男だけが後退し何かを懐から取り出した。
「っ……!」
セラフィーナが警戒の色を浮かべる。
それは、強制拘束用の魔道具――『魔導鎖』だった。
秋祭りが近いからか、屋台の数も人の数も増えており通りはさながら人の川だった。
「セラっ!セラ!これ、見てみて!」
カルミアが笑顔で手を引き、ノアが甘い焼き菓子を両手に抱えて追いかける。
その微笑ましい光景に、セラフィーナも思わず頬を緩めた。
「そんなに慌てなくても、ちゃんと見てるぞ……ふふ、お行儀よく、な?」
「うんっ!」
けれど、次の瞬間──人の波が、思わぬ形で押し寄せた。
後ろから走り抜けた子どもたちの勢いに反応し、周囲の大人たちがざわめきながら動いたことで、瞬間的に混乱が起きたのだ。
「──ノア!?カルミア!?」
ふと手を離した瞬間、二人の小さな姿が人の流れに飲まれるように視界から消える。
セラフィーナはすぐに駆け出した。
「ノア!カルミア!どこだ!?」
人混みの中、声を張っても、返事はない。
焦りが胸を叩きかけたその瞬間――背後で足音が止まった。
「──ようやく、一人になったな」
不意に、耳の奥で風が止まったような感覚があった。
そして、低く――鼻にかかったような声が背後から響いた。
「やっと見つけたぞ、『元』聖女」
セラフィーナが振り返ると、そこには数人の男たちが立っている。
黒衣に身を包み、目深にフードをかぶったその姿は周囲の喧騒からまるで切り離された異質な存在。
その中の一人が一歩、前に出る。
濁った金の目が、フードの奥から冷たく光っていた。
「……王都の使者、ですね?」
セラフィーナの声は落ち着いていたが、その奥にある緊張を感じ取ったのか、対峙する男の口元がゆがむ。
「『穢れた聖女』……セラフィーナ・ミレティス」
ぞっとするような侮蔑の響きが、その名を汚すように発せられた。
「王妃ごっこは、さぞ楽しかったろう?」
男はにやりと唇を吊り上げた。
軽蔑と悪意が、あからさまに込められている。
「だがその茶番も、今日で終わりだ。お前の罪を清算するため王都へ戻ってもらう。その身も、その力も――本来あるべき場所へな」
その言葉にセラフィーナの表情が一瞬だけ強張った。
だが、すぐに冷たい静けさを取り戻す。
「……『罪』?」
その言葉をゆっくりと繰り返し、まっすぐに男を見据える。
「私が、誰を裏切ったと?」
「貴様は、『王都』を裏切った」
別の男が低く叫ぶ。
「教会の庇護を受け、民の希望を背負っていたお前が、勝手に異国の王に身を預けた――それは裏切り以外の何だ」
「その力は、もともとこの国のためにあった」
「それを他国に与えるとは、愚かにも程がある」
セラフィーナはゆっくりと視線を巡らせる。
男たちの目は冷たく、どこまでも自己中心的だった。
まるで彼女を『物』のように扱い、所有物が逃げたとでも言わんばかりに。
そして――口を開いた。
「はぁ……くだらない」
その言葉は、静かだった。
けれど、確実に空気が変わった。
セラフィーナ一歩前に出る。
「私はお前たちに救われた事なんてない。寧ろ私が『穢れた聖女』と言われるようになると罵倒し、石を投げられ、力を恐れられ……それでも、祈りを捨てなかった私にあなたたちは何を与えてくれたか?」
男たちが口をつぐむ。だが、それは怯みではなかった。
すぐに、先頭の男が憎悪をにじませて吠えた。
「――黙れ! その傲慢さがお前の罪だ!」
セラフィーナはわずかに笑った。
それは皮肉でも嘲りでもなく、ただ、静かな見下しだった。
「ええ、わかってるさ……『本物』がいると困るんだろう?だからあなたたちは、あらゆる手を使ってでも私を黙らせようとした。王妃であることも、異国で愛されることも――全部、あなたたちには都合が悪い、と。全く、クソめんどくさいな……だが、それが罪だというなら、喜んで背負いましょうか」
言い切ったその瞬間。
男たちの周囲の空気が変わった。
一斉に動き、取り囲む気配。
そして――魔道具の気配が、闇の中から静かに忍び寄っていた。
セラフィーナは、静かに一歩前へ出た。
「私は追放されたんです。聖女としても、人としても……穢れたと罵られ、石を投げられ、信仰を断ち切られた。それでも生きるために歩いてきたんだ──なのに今さら何を?」
男たちが手を構える。
腰に短剣、袖口には小型の魔道具。
相手の言う事など元々聞くつもりないのだ。
「問答無用だ。おとなしく──」
「……なら、遠慮なく」
次の瞬間、空気が変わる。
セラフィーナの足が、音もなく石畳を蹴る。
風を切るような勢いで一人の男の腕を弾き、逆関節にねじり上げた。
「ぐあっ──!?」
呻き声と同時に、魔道具が地面に落ち、火花を散らす。
「私を、王の操り人形だと?」
もう一人の男が剣を抜くも、セラフィーナは躊躇なく左腕で受け流し右肘で喉元を突いた。
「なめないでくれないか……私は戦場で生き抜いた元聖女だぞ?」
男が崩れ落ちる。
残る者たちも動くが、セラフィーナの動きは鋭く、止まらない。
敵の動線を読み、障害物を利用し、魔力の流れを制して無力化する。
その動きに、無駄な一切はない。
これが──戦場を生き抜いた聖女の力。
一人、また一人と地に伏す中、最後の男だけが後退し何かを懐から取り出した。
「っ……!」
セラフィーナが警戒の色を浮かべる。
それは、強制拘束用の魔道具――『魔導鎖』だった。