戦場帰りの聖女は「穢れた」と断罪され追放されたけれど、獣人の王に拾われて契約結婚したら溺愛されました~追放した王国が滅びかけて土下座してきましたが私はもう戻りません~
第40話 奪われた花と、決意の王
石の壁に囲まれた、ひどく冷えた空間。
光はわずかに高窓から差し込むだけで、部屋の半分以上は薄闇に沈んでいた。
壁のあちこちには古びた魔術の結界式が刻まれ、空気は重たく乾いた鉄の匂いが鼻につく。
セラフィーナは、そこにいた。
床に敷かれた粗末な毛布の上に座り、背を壁に預けながら右手首に嵌められた『封印の腕輪』を見つめていた。
(……魔力の流れが、まるで閉じ込められたみたいだな)
自分の身体が、まるで自分のものでないような違和感。
魔力の息吹が感じられず祈りの回路すら閉ざされたまま。
けれど、何よりも──ここには、誰も来ない。
護衛の気配も、ノアやカルミアの声もない。
ただ、遠くで何かが軋むような機械音だけが時折空間を割る。
外からの音はない。
おそらく深い森の奥か、あるいは地下。
脱出は困難――魔力が使えなければなおさらだ。
(……それでも)
セラフィーナは、ゆっくりと目を閉じる。
心の内側にある炎を、確かめるように。
(私は……また立ち上がる)
戦場の中で、何度も仲間が殺された。
それでも、最後まで国の為に戦った。
そして、信じた者たちに裏切られ、追放され、全てを失った。
あの時も、どん底だった。
でも、それでも歩いた。
あの場所から、フェルグレイへと。
だから、今度も。
(私は、またここから立ち上がる。誰が見ていなくても)
その目が、静かに開かれる。
闇の中に灯る瞳は、揺らがない。
かつて『聖女』と呼ばれた彼女ではない。
いまや彼女は──一国の王妃なのだから。
「……ライグ……陛下がきっと来てくださる。信じているから」
その囁きが、冷えた空間に温もりを灯した。
▽
一方その頃、フェルグレイ城の奥深く──武装塔と呼ばれる国防の心臓部では、鋼鉄を打つような硬質な音が、空気を裂くように鳴り響いていた。
金属の擦れる音、剣と鎧のぶつかり合う音、鋲を打つ音。
全てが、戦争の準備を告げる音だった。
塔の内部には、厳選された百余の騎士たちが整然と並び立ち、
ただ一人、その中央に歩み出る男の姿に息を潜めていた。
──ライグ・ヴァルナーク。
黒銀の鎧を身に纏い、その上にひるがえるのはフェルグレイ王家の象徴・金のマント。
その胸には、忠義と力の象徴である「黒狼」の紋章が燦然と輝き、腰には歴代王のみが佩くことを許された魔鋼剣《蒼雷》が、静かに収まっていた。
その姿は、まさに戦に立つ王様。
だが何よりも異彩を放っていたのは、彼の双眸。
金色の瞳に燃えるような烈火が灯っていた。
「……我らが妃、セラフィーナ・ミレティスが攫われた」
第一声――静かに発せられたその言葉に、場が張り詰める。
「報告によれば、森の南端……嘗ての旧監視塔跡地に魔力障壁の反応が確認された。迷いはない。彼女は『あそこ』にいる」
騎士たちの中に緊張が走る。
だが、誰一人として動揺の色は見せなかった。
「敵の手は、王都……あるいは、それに連なる者たちの可能性が高い。だが、何より重要なのは誰が関わったかではない」
ライグは一歩、前へ出る。
「……誰がこの国の王妃に指をかけた、かだ」
低く、地を這うような声。
その言葉の重みは、雷鳴のように部屋を揺らす。
「セラフィーナは、ただの王妃ではない。嘗ては民の中に入り、剣を手に取り、戦場にも立った。この国のために、自らの過去を捨ててでもここに生きようとした女だ」
その言葉を噛み締めるように、騎士たちが拳を握る。
「……あの誇り高き王妃を攫った事、そして我が妻を、俺の許可なく連れて行ったこと」
ライグの声が、徐々に熱を帯びていく。
「――その代償を、奴らには払わせる」
金のマントが翻り、腰の《蒼雷》が僅かにうなったように揺れる。
「我々は、ただの救出に向かうのではない!これは――この国の尊厳を守る戦いだ!」
その瞬間、騎士団全員が一斉に剣を抜いた。
鋼の音が、雷鳴のように響く。
その音に呼応するかのように、空が変わった。
フェルグレイの上空を、分厚い雷雲が覆っていく。
強く冷たい風が吹き抜け、塔の外の旗が激しくたなびいた。
空気が震える。
土が鳴る。
まるで国全体が、王と共に怒りを放っているかのように。
ライグは、最後に一言だけ告げた。
「……花は奪わせはしない。あれは我が国の『光』だ」
剣を抜く。
《蒼雷》が雷光を放つように瞬き、雷鳴が地を割るように轟いた。
その刹那、王が動いた。
獣のように、剣の化身のように。
すべてを取り戻す覚悟を、その背に宿して。
──かくして、フェルグレイ王国出陣の狼煙が上がった。
光はわずかに高窓から差し込むだけで、部屋の半分以上は薄闇に沈んでいた。
壁のあちこちには古びた魔術の結界式が刻まれ、空気は重たく乾いた鉄の匂いが鼻につく。
セラフィーナは、そこにいた。
床に敷かれた粗末な毛布の上に座り、背を壁に預けながら右手首に嵌められた『封印の腕輪』を見つめていた。
(……魔力の流れが、まるで閉じ込められたみたいだな)
自分の身体が、まるで自分のものでないような違和感。
魔力の息吹が感じられず祈りの回路すら閉ざされたまま。
けれど、何よりも──ここには、誰も来ない。
護衛の気配も、ノアやカルミアの声もない。
ただ、遠くで何かが軋むような機械音だけが時折空間を割る。
外からの音はない。
おそらく深い森の奥か、あるいは地下。
脱出は困難――魔力が使えなければなおさらだ。
(……それでも)
セラフィーナは、ゆっくりと目を閉じる。
心の内側にある炎を、確かめるように。
(私は……また立ち上がる)
戦場の中で、何度も仲間が殺された。
それでも、最後まで国の為に戦った。
そして、信じた者たちに裏切られ、追放され、全てを失った。
あの時も、どん底だった。
でも、それでも歩いた。
あの場所から、フェルグレイへと。
だから、今度も。
(私は、またここから立ち上がる。誰が見ていなくても)
その目が、静かに開かれる。
闇の中に灯る瞳は、揺らがない。
かつて『聖女』と呼ばれた彼女ではない。
いまや彼女は──一国の王妃なのだから。
「……ライグ……陛下がきっと来てくださる。信じているから」
その囁きが、冷えた空間に温もりを灯した。
▽
一方その頃、フェルグレイ城の奥深く──武装塔と呼ばれる国防の心臓部では、鋼鉄を打つような硬質な音が、空気を裂くように鳴り響いていた。
金属の擦れる音、剣と鎧のぶつかり合う音、鋲を打つ音。
全てが、戦争の準備を告げる音だった。
塔の内部には、厳選された百余の騎士たちが整然と並び立ち、
ただ一人、その中央に歩み出る男の姿に息を潜めていた。
──ライグ・ヴァルナーク。
黒銀の鎧を身に纏い、その上にひるがえるのはフェルグレイ王家の象徴・金のマント。
その胸には、忠義と力の象徴である「黒狼」の紋章が燦然と輝き、腰には歴代王のみが佩くことを許された魔鋼剣《蒼雷》が、静かに収まっていた。
その姿は、まさに戦に立つ王様。
だが何よりも異彩を放っていたのは、彼の双眸。
金色の瞳に燃えるような烈火が灯っていた。
「……我らが妃、セラフィーナ・ミレティスが攫われた」
第一声――静かに発せられたその言葉に、場が張り詰める。
「報告によれば、森の南端……嘗ての旧監視塔跡地に魔力障壁の反応が確認された。迷いはない。彼女は『あそこ』にいる」
騎士たちの中に緊張が走る。
だが、誰一人として動揺の色は見せなかった。
「敵の手は、王都……あるいは、それに連なる者たちの可能性が高い。だが、何より重要なのは誰が関わったかではない」
ライグは一歩、前へ出る。
「……誰がこの国の王妃に指をかけた、かだ」
低く、地を這うような声。
その言葉の重みは、雷鳴のように部屋を揺らす。
「セラフィーナは、ただの王妃ではない。嘗ては民の中に入り、剣を手に取り、戦場にも立った。この国のために、自らの過去を捨ててでもここに生きようとした女だ」
その言葉を噛み締めるように、騎士たちが拳を握る。
「……あの誇り高き王妃を攫った事、そして我が妻を、俺の許可なく連れて行ったこと」
ライグの声が、徐々に熱を帯びていく。
「――その代償を、奴らには払わせる」
金のマントが翻り、腰の《蒼雷》が僅かにうなったように揺れる。
「我々は、ただの救出に向かうのではない!これは――この国の尊厳を守る戦いだ!」
その瞬間、騎士団全員が一斉に剣を抜いた。
鋼の音が、雷鳴のように響く。
その音に呼応するかのように、空が変わった。
フェルグレイの上空を、分厚い雷雲が覆っていく。
強く冷たい風が吹き抜け、塔の外の旗が激しくたなびいた。
空気が震える。
土が鳴る。
まるで国全体が、王と共に怒りを放っているかのように。
ライグは、最後に一言だけ告げた。
「……花は奪わせはしない。あれは我が国の『光』だ」
剣を抜く。
《蒼雷》が雷光を放つように瞬き、雷鳴が地を割るように轟いた。
その刹那、王が動いた。
獣のように、剣の化身のように。
すべてを取り戻す覚悟を、その背に宿して。
──かくして、フェルグレイ王国出陣の狼煙が上がった。