戦場帰りの聖女は「穢れた」と断罪され追放されたけれど、獣人の王に拾われて契約結婚したら溺愛されました~追放した王国が滅びかけて土下座してきましたが私はもう戻りません~
第42話 進軍の狼たち【フェルグレイ王国視点】
出撃を数時間後に控えた朝の控えの間。
まだ陽も昇りきらぬ薄明の空の下、王城の廊下は静まり返っていた。
そんな静寂の中重い沈黙が二人の間に垂れ込めている。
ライグは窓のそばに立ち、腕を組んだまま黙していた。
その横顔は硬く、深く思考に沈んでいる。
「……気配が落ち着かないですわね、ライグ様」
ソファに腰掛け、手元の紅茶をそっと口に含みながらクラウディアが言う。
その声音は柔らかく、けれど何かを突き刺すように正確だった。
「……そんな顔で戦場に出れば、兵たちが不安がりますわ──まさか、王ともあろう者が『感情』に振り回されているとは、誰も思うまいけれど」
それは、からかいのようでもあり忠告のようでもあった。
ライグは微かに眉を動かしながらも、視線は窓の外に向けたまま応じる。
「……言いたいことがあるなら、はっきり言え、『ディア』」
「あら……昔のあだ名で呼んでくれるのね、『ライグ』」
低く、唸るような声。
しかし、その中には明らかに苛立ちと迷いが滲んでいた。
クラウディアは紅茶のカップを静かに置き、立ち上がる。
クラウディアとライグは幼い頃からの友人であり、幼馴染のような関係である。
今となってはそのような関係はどうでも良いのだが、本当にライグの怒りは頂点に足しているのであろうとクラウディアは理解した。
そして歩み寄り、ライグのすぐそばに立つ。
「ふふ。あなたは昔からよく「感情に呑まれるな」とよく言ったけれど……」
彼女の白銀の尾が、ゆらりと揺れる。
「いま、感情に突き動かされているのは──あなたよ、ライグ」
その言葉に、ライグは眉をわずかにしかめる。
しかし否定はしない。
クラウディアは一歩引き、静かに微笑んだ。
「……いいえ、怒っているわけじゃないの。ただ、ちょっと不思議で」
「何がだ」
「あなたが、セラフィーナ様の事で、こんなにも心を乱すなんて──思いもしなかったから……獣人って本当に厄介よね」
その言葉に、ライグの呼吸がわずかに止まる。
だが彼は、すぐには言葉を返さなかった。
静かに、また窓の外へと目を向ける。
灰色の空の彼方に、夜と朝の境が溶けていく。
そして、胸の奥に──浮かんでくるのは、彼女の姿。
セラフィーナ。
あの夜、迷いも恐れもなく剣を抜き、命を張って自分を庇った姿。
自分を見上げたあの瞳。
震えもせず、叫びもせず──ただ「守りたい」という意志だけを、剣に込めて立っていた。
(……守られるべきは、彼女ではない。守るのは……俺だった)
手が、自然と拳を握りしめていた。
その音すら聞こえてきそうなほど、静かな部屋。
クラウディアは、ふとその手元に視線を落とし、目を細めた。
「……不器用なあなたが、あそこまで顔に出すなんてね」
静かに、しかし確かな声で続ける。
「『契約』だったはずなのに、心は、もうとっくに追いついてしまっている。あなたは気づいているでしょう?あの人が、ただの王妃ではないことに」
ライグは黙したまま、ただ視線を落とした。
「……彼女は弱くない。けれど、脆いわ」
「……」
「強さを見せる裏で、どれほど一人で、悲しみを飲み込んできたのか……私には、わかる気がするの」
クラウディアは、静かに微笑む。
それはかつて、誇り高い『王妃候補』として振舞っていた彼女とは、まるで違う優しさだった。
「──だから、私は王都に残ります。あなたが戦うなら私も私なりの方法で、戦う。私もセラフィーナ様に恩がありますから」
彼女は手にしていた書類の束を、ライグへ差し出す。
「外交文書、抗議書、民間被害の調査報告。すべて整えてあります。……王都に向けた火種は、こちらで回収してみせるわ」
ライグはそれを受け取ると、しばらくの間無言のまま、それを見つめ──小さく囁くように言った。
「……無理はするな」
クラウディアは一瞬だけ驚いたように目を見開き、すぐに目を細める。
「ふふ。いつも無理ばかりしているのは、あなたじゃない?」
どこか、懐かしささえ感じるような声音。
ライグは短く頷くと、静かにその書類を受け取った。
すると、その時だった。
「クラウディアさまぁーーー!!」
扉がばたんと開いて、小さな足音が二つ駆け込んできた。
「ノア? カルミア?」
クラウディアが眉を上げると、双子は勢いよく敬礼のようなポーズを取り揃って叫ぶ。
「自分たちも、セラのために働きたいと思いますっ!」
ライグとクラウディアが、ほぼ同時に目を丸くした。
「何を言い出すかと思えば……」
呆れたようにクラウディアが眉を寄せるが、ノアは真剣な顔をして言葉を継いだ。
「でも、本当に、僕たち……今のままじゃ、何もできない。セラを護れないのは、悔しい」
カルミアも真っ直ぐに言う。
「だから、お手伝いさせて! ねえ、私たち、魔道具屋さんとか……調べたりできるよね?」
「それは……」
クラウディアは少し考え込んだ。
だが──すぐに、その瞳に光が宿る。
「……ふふ。魔道具商、ね。城下のあの一帯に、どうも怪しい『仕入れ先』があるという噂があるの……あなたたち、そこを調査してくれる?」
「やるやる!任せて!!」
「僕たち、聞き込みめちゃくちゃ得意だよ!」
元気に手を挙げる二人にクラウディアは小さく笑い、そして視線をライグへと移す。
「どうやら、王妃様の可愛らしいお友達も、この国の一部として──動き始めたようですわね」
ライグは言葉を返さなかった。
だが、その口元がわずかに、綻んでいた。
まだ陽も昇りきらぬ薄明の空の下、王城の廊下は静まり返っていた。
そんな静寂の中重い沈黙が二人の間に垂れ込めている。
ライグは窓のそばに立ち、腕を組んだまま黙していた。
その横顔は硬く、深く思考に沈んでいる。
「……気配が落ち着かないですわね、ライグ様」
ソファに腰掛け、手元の紅茶をそっと口に含みながらクラウディアが言う。
その声音は柔らかく、けれど何かを突き刺すように正確だった。
「……そんな顔で戦場に出れば、兵たちが不安がりますわ──まさか、王ともあろう者が『感情』に振り回されているとは、誰も思うまいけれど」
それは、からかいのようでもあり忠告のようでもあった。
ライグは微かに眉を動かしながらも、視線は窓の外に向けたまま応じる。
「……言いたいことがあるなら、はっきり言え、『ディア』」
「あら……昔のあだ名で呼んでくれるのね、『ライグ』」
低く、唸るような声。
しかし、その中には明らかに苛立ちと迷いが滲んでいた。
クラウディアは紅茶のカップを静かに置き、立ち上がる。
クラウディアとライグは幼い頃からの友人であり、幼馴染のような関係である。
今となってはそのような関係はどうでも良いのだが、本当にライグの怒りは頂点に足しているのであろうとクラウディアは理解した。
そして歩み寄り、ライグのすぐそばに立つ。
「ふふ。あなたは昔からよく「感情に呑まれるな」とよく言ったけれど……」
彼女の白銀の尾が、ゆらりと揺れる。
「いま、感情に突き動かされているのは──あなたよ、ライグ」
その言葉に、ライグは眉をわずかにしかめる。
しかし否定はしない。
クラウディアは一歩引き、静かに微笑んだ。
「……いいえ、怒っているわけじゃないの。ただ、ちょっと不思議で」
「何がだ」
「あなたが、セラフィーナ様の事で、こんなにも心を乱すなんて──思いもしなかったから……獣人って本当に厄介よね」
その言葉に、ライグの呼吸がわずかに止まる。
だが彼は、すぐには言葉を返さなかった。
静かに、また窓の外へと目を向ける。
灰色の空の彼方に、夜と朝の境が溶けていく。
そして、胸の奥に──浮かんでくるのは、彼女の姿。
セラフィーナ。
あの夜、迷いも恐れもなく剣を抜き、命を張って自分を庇った姿。
自分を見上げたあの瞳。
震えもせず、叫びもせず──ただ「守りたい」という意志だけを、剣に込めて立っていた。
(……守られるべきは、彼女ではない。守るのは……俺だった)
手が、自然と拳を握りしめていた。
その音すら聞こえてきそうなほど、静かな部屋。
クラウディアは、ふとその手元に視線を落とし、目を細めた。
「……不器用なあなたが、あそこまで顔に出すなんてね」
静かに、しかし確かな声で続ける。
「『契約』だったはずなのに、心は、もうとっくに追いついてしまっている。あなたは気づいているでしょう?あの人が、ただの王妃ではないことに」
ライグは黙したまま、ただ視線を落とした。
「……彼女は弱くない。けれど、脆いわ」
「……」
「強さを見せる裏で、どれほど一人で、悲しみを飲み込んできたのか……私には、わかる気がするの」
クラウディアは、静かに微笑む。
それはかつて、誇り高い『王妃候補』として振舞っていた彼女とは、まるで違う優しさだった。
「──だから、私は王都に残ります。あなたが戦うなら私も私なりの方法で、戦う。私もセラフィーナ様に恩がありますから」
彼女は手にしていた書類の束を、ライグへ差し出す。
「外交文書、抗議書、民間被害の調査報告。すべて整えてあります。……王都に向けた火種は、こちらで回収してみせるわ」
ライグはそれを受け取ると、しばらくの間無言のまま、それを見つめ──小さく囁くように言った。
「……無理はするな」
クラウディアは一瞬だけ驚いたように目を見開き、すぐに目を細める。
「ふふ。いつも無理ばかりしているのは、あなたじゃない?」
どこか、懐かしささえ感じるような声音。
ライグは短く頷くと、静かにその書類を受け取った。
すると、その時だった。
「クラウディアさまぁーーー!!」
扉がばたんと開いて、小さな足音が二つ駆け込んできた。
「ノア? カルミア?」
クラウディアが眉を上げると、双子は勢いよく敬礼のようなポーズを取り揃って叫ぶ。
「自分たちも、セラのために働きたいと思いますっ!」
ライグとクラウディアが、ほぼ同時に目を丸くした。
「何を言い出すかと思えば……」
呆れたようにクラウディアが眉を寄せるが、ノアは真剣な顔をして言葉を継いだ。
「でも、本当に、僕たち……今のままじゃ、何もできない。セラを護れないのは、悔しい」
カルミアも真っ直ぐに言う。
「だから、お手伝いさせて! ねえ、私たち、魔道具屋さんとか……調べたりできるよね?」
「それは……」
クラウディアは少し考え込んだ。
だが──すぐに、その瞳に光が宿る。
「……ふふ。魔道具商、ね。城下のあの一帯に、どうも怪しい『仕入れ先』があるという噂があるの……あなたたち、そこを調査してくれる?」
「やるやる!任せて!!」
「僕たち、聞き込みめちゃくちゃ得意だよ!」
元気に手を挙げる二人にクラウディアは小さく笑い、そして視線をライグへと移す。
「どうやら、王妃様の可愛らしいお友達も、この国の一部として──動き始めたようですわね」
ライグは言葉を返さなかった。
だが、その口元がわずかに、綻んでいた。