戦場帰りの聖女は「穢れた」と断罪され追放されたけれど、獣人の王に拾われて契約結婚したら溺愛されました~追放した王国が滅びかけて土下座してきましたが私はもう戻りません~
第46話 贋の奇跡、暴かれる神殿【王国視点】
王都の中央に鎮座する、壮麗な聖堂。
尖塔が夜空にそびえ、白大理石で築かれた礼拝堂には今夜も多くの人々が押し寄せていた。
蝋燭の光が、ステンドグラスを柔らかく照らし、色とりどりの神の象が床へと投げかけられている。
清らかであるはずのその光が──どこか、寒々しく感じられた。
民衆の目には、不安が滲んでいる。
(……今度こそ、『奇跡』が起きるのだろうか?)
(新しい聖女様は、ちゃんと神の声を……?)
そんな囁きが、そこかしこで聞こえてくる。
やがて、静かな鐘の音とともに、祭壇奥の回廊から、一人の女性が姿を現した。
金の刺繍をあしらった純白のローブ。
長い亜麻色の髪をゆるく巻き、冷ややかな微笑みを湛えた少女──ルクレツィア。
堂々とした歩みで壇上に立ち、民に向かって静かに両手を広げる。
「──この国に再び祝福が満ちますよう。神の御名のもと、最後の祈りを捧げます……」
その声に呼応するように、足元の祭壇で魔道具が起動した。
設置された魔術陣が淡く発光し、空気に波のような揺れが走る。
風が吹いたような演出。
光が舞い上がる──はず、だった。
だが、何かがおかしい。
光が、不自然に点滅する。
神の加護を象るはずの聖印は、空中でちらつき、何度も形を崩しては消える。
──まるで幻。
「……あれ?」
「なんだ、今の?」
最前列の信徒たちがざわめき始める。
背後の列では、互いに顔を見合わせる者も出てきた。
「また、うまく出てないのか?」
「奇跡、じゃないよね……ただの灯り?」
緊張が走る――壇上のルクレツィアは動揺を悟らせぬよう笑顔を保ちながら、再び手を掲げた。
「……皆様、今宵の光は神の試練なのです。その目で、信じる強さを問われているのです──」
だが、その言葉は届かなかった。
誰かが、小さな声で呟いた。
「……これは『奇跡』なんかじゃない。まやかしだ……」
瞬間、それが引き金となる。
「そうだ……前の聖女様は、手をかざすだけで、病が癒えたんだ!」
「光も、暖かかった……こんなのとは違う!」
観衆のなかにいた一人の老神官が、立ち上がり、震える声で叫んだ。
「──前聖女、セラフィーナ様は、まだご存命だ!偽りの聖女など神は望んでおられぬ!」
その瞬間、空気が変わった。
静かなはずの聖堂に、重く鋭い沈黙が落ちる。
ざわ……ざわざわ……!
数えきれないほどの視線が、壇上のルクレツィアに注がれる。
彼女の肩が、小さく震えた。
それでも唇を震わせ、言い訳を紡ごうとする。
「これは……演出の不調で……わ、私が悪いのでは……っ」
「演出だって!? ふざけるな!」
「俺の子は、あの人に癒されたんだ!本物の聖女に!!」
「セラフィーナ様を、返せ!!」
怒りの声が一斉に噴き出す。
椅子が倒れ、祭壇の下で誰かが供物台を蹴倒した。
──群衆の怒りは、止められない。
貴族の婦人が叫ぶ。
「騙されていたのね……ずっと……!」
若い兵士が、帽子を投げ捨てる。
「神に見せかけて、全部、偽りかよ!」
ついに、群衆の中から誰かが松明を投げ入れた。
絨毯が燃え上がる。
炎は瞬く間に祭壇へと広がり、祭服の裾にまで火が舐める。
ルクレツィアは絶句したまま、立ち尽くしていた。
(なぜ……なぜ、こんな……)
神は、答えなかった。
遠くの壁が崩れ、掲げられていた“セラフィーナの像”が真っ二つに裂けて落ちる。
──贋の奇跡は、燃え尽きた。
白く荘厳だった聖堂が、今、罪の業火に包まれていく。
尖塔が夜空にそびえ、白大理石で築かれた礼拝堂には今夜も多くの人々が押し寄せていた。
蝋燭の光が、ステンドグラスを柔らかく照らし、色とりどりの神の象が床へと投げかけられている。
清らかであるはずのその光が──どこか、寒々しく感じられた。
民衆の目には、不安が滲んでいる。
(……今度こそ、『奇跡』が起きるのだろうか?)
(新しい聖女様は、ちゃんと神の声を……?)
そんな囁きが、そこかしこで聞こえてくる。
やがて、静かな鐘の音とともに、祭壇奥の回廊から、一人の女性が姿を現した。
金の刺繍をあしらった純白のローブ。
長い亜麻色の髪をゆるく巻き、冷ややかな微笑みを湛えた少女──ルクレツィア。
堂々とした歩みで壇上に立ち、民に向かって静かに両手を広げる。
「──この国に再び祝福が満ちますよう。神の御名のもと、最後の祈りを捧げます……」
その声に呼応するように、足元の祭壇で魔道具が起動した。
設置された魔術陣が淡く発光し、空気に波のような揺れが走る。
風が吹いたような演出。
光が舞い上がる──はず、だった。
だが、何かがおかしい。
光が、不自然に点滅する。
神の加護を象るはずの聖印は、空中でちらつき、何度も形を崩しては消える。
──まるで幻。
「……あれ?」
「なんだ、今の?」
最前列の信徒たちがざわめき始める。
背後の列では、互いに顔を見合わせる者も出てきた。
「また、うまく出てないのか?」
「奇跡、じゃないよね……ただの灯り?」
緊張が走る――壇上のルクレツィアは動揺を悟らせぬよう笑顔を保ちながら、再び手を掲げた。
「……皆様、今宵の光は神の試練なのです。その目で、信じる強さを問われているのです──」
だが、その言葉は届かなかった。
誰かが、小さな声で呟いた。
「……これは『奇跡』なんかじゃない。まやかしだ……」
瞬間、それが引き金となる。
「そうだ……前の聖女様は、手をかざすだけで、病が癒えたんだ!」
「光も、暖かかった……こんなのとは違う!」
観衆のなかにいた一人の老神官が、立ち上がり、震える声で叫んだ。
「──前聖女、セラフィーナ様は、まだご存命だ!偽りの聖女など神は望んでおられぬ!」
その瞬間、空気が変わった。
静かなはずの聖堂に、重く鋭い沈黙が落ちる。
ざわ……ざわざわ……!
数えきれないほどの視線が、壇上のルクレツィアに注がれる。
彼女の肩が、小さく震えた。
それでも唇を震わせ、言い訳を紡ごうとする。
「これは……演出の不調で……わ、私が悪いのでは……っ」
「演出だって!? ふざけるな!」
「俺の子は、あの人に癒されたんだ!本物の聖女に!!」
「セラフィーナ様を、返せ!!」
怒りの声が一斉に噴き出す。
椅子が倒れ、祭壇の下で誰かが供物台を蹴倒した。
──群衆の怒りは、止められない。
貴族の婦人が叫ぶ。
「騙されていたのね……ずっと……!」
若い兵士が、帽子を投げ捨てる。
「神に見せかけて、全部、偽りかよ!」
ついに、群衆の中から誰かが松明を投げ入れた。
絨毯が燃え上がる。
炎は瞬く間に祭壇へと広がり、祭服の裾にまで火が舐める。
ルクレツィアは絶句したまま、立ち尽くしていた。
(なぜ……なぜ、こんな……)
神は、答えなかった。
遠くの壁が崩れ、掲げられていた“セラフィーナの像”が真っ二つに裂けて落ちる。
──贋の奇跡は、燃え尽きた。
白く荘厳だった聖堂が、今、罪の業火に包まれていく。