戦場帰りの聖女は「穢れた」と断罪され追放されたけれど、獣人の王に拾われて契約結婚したら溺愛されました~追放した王国が滅びかけて土下座してきましたが私はもう戻りません~

第55話 過去と未来が交わる場所で

 フェルグレイの旗が揺れる国境線の近く――そこには戦乱の混乱を抜けた旅人たちが、しばし足を止める『関所』がある。
 城下町から離れた静かな丘陵地帯。
 関所の脇にある小さな広場で、セラフィーナの一行が短い休憩を取っていた時だった。

「──セラフィーナ様!」

 遠くから聞き慣れた声が響く。
 セラフィーナはふと顔を上げ、そして目を見開いた。
 そこにいたのは、銀の鎧に身を包んだ騎士――ロラン。
 その後ろには、王都近衛の兵士たちが数人、控えていた。

「ロラン!!それにお前たちは……どうしてここに……」

 驚きつつも、セラフィーナは自然と歩み寄っていた。

「最後に、どうしても一度……あなたに、きちんと顔を見てお礼を言いたくて。私たち……この先、王都に戻ります。けれどその前に……どうしても」

 そう言うロランの目は真剣で、少し潤んでいた。
 彼に続き、兵士たちも次々と頭を下げる。

「……前の戦で、あなたに癒されました」
「今回の魔獣戦でもあなたがいなければ、ここに立ってはいませんでした」

 セラフィーナは静かに頷き、彼らの姿を一人ひとり見つめ返した。

「……私こそあの時、命を懸けて戦ってくれたお前たちがいたから、私は……祈り続けられたんだよ」

 その言葉に、兵士の一人が目を潤ませる。

「……でも、俺たち、何もできなかった……あの時、あなたが『穢れた聖女』なんて呼ばれて……ただ黙って見ているだけだった……俺たちの為に血を流して、身体中傷だらけになっていたのに……」
「後悔してます。……情けないと思いました。けど……今こうして、あなたの歩いた道をもう一度見て……本当に、尊敬しています」

 セラフィーナはそっと微笑む。

「……今回も、生きて、いけたなお前たち」

 ふと漏らしたその言葉に、ロランは目を見開いた。

「……それは……」
「誰かのために祈って、誰かの手を握って、誰かを赦して……そのたびに、私は、もう少しだけ『生きていこう』と思えた。それに、ロランたちには本当にお世話になった。あの手紙があったから、勇気をもらった……その積み重ねが、今ここに繋がってる──きっと、お前たちと同じだ」

 その言葉にロランの目から、ぽろりと一筋の涙がこぼれる。
 そして――彼はそっと、セラフィーナの両手を握りしめた。

「……ありがとうございます、本当に。俺たちは忘れません。あの日の事も、あなたの笑顔も……」

 その言葉の熱に、セラフィーナも目元を少し潤ませ、微笑を浮かべようとした――その時だった。

 バチィンッ!!

 二人の手が、唐突に力強く引き剥がされた。

「……なれなれしいぞ、クソ野郎」

 低く響く声と共に、空気が一瞬で凍りつく。
 ライグの背後に黒い『圧』が立ちのぼり、地面がピシリと音を立ててひび割れた。
 見た目は穏やかだが、誰がどう見ても怒っていた。

「へ、陛下っ!? お、落ち着いてください! 抑えてー!!」
「おい誰かっ、陛下を押さえろ! 魔王化してるー!!」
「ぜ、全力で腕押さえろーっ! それ以上は、絶対にセラフィーナ様が困りますからーっ!!」

 獣人の部下たちが青ざめながら、一斉にライグへ飛びかかる。
 だが当の本人は、静かな笑みを浮かべたまま呟いた。

「……離せ……今すぐあの手を斬るだけだ。痛くはしない。ちょっとちくっとするだけだ」
「いやもう十分怖いですからー!!」
「なんですかちくっとするだけって!全然かわいくないですから!!」
「手だけとか言ってるけど、絶対それで済まないパターンです!!」
「おい誰か!鎮静用の聖水持ってこい!いや聖水効くか!? 魔王だぞ!?」
「効かねえ! 聖女様以外に止められる人いねぇんだって!!」
「セラ様ーっ!!助けてくださいっ!!このままじゃ陛下が前線に突撃しますー!!」

 わらわらと慌てふためく兵士たち。
 ロランは一歩引き、顔を引きつらせながらも苦笑した。

「……嫉妬されるとは光栄の極みです……ですが、その、少々、命の危険を感じますね」

 セラフィーナは、はぁと深く息を吐きながら額を押さえた。

「もう……ライグ、落ち着いて、誤解だから」

 その声が耳に届いた瞬間、ライグの背から立ちのぼる黒いオーラが、ふっと弱まる。
 彼は短く息を吐き、まだ険しい顔のままぼそりと呟いた。

「……触る必要はなかっただろう」
「だって、彼が泣いていたんだぞ?放っておけない」

 セラフィーナが穏やかにそう言うと、ライグは視線を逸らしたまま、ぼそぼそと呟いた。

「……泣かせたのはお前だろうが……」
「え?何か言ったか?」
「いや、何も」

 そのやり取りを聞いていた兵士たちは、どこかほっとしたように息を吐き口々に囁いた。

「……愛されてますね、セラフィーナ様」
「すごいです……あんな陛下、初めて見ました」
「尊敬します……(いろんな意味で)」

 セラフィーナは、もう笑うしかなかった。
 頬に手を当てて、困ったように、けれどどこか楽しそうに微笑む。

「本当に……もう……仕方ない人たちだなぁ」

 そして、そんな彼女の微笑みを見たライグが、わずかに口角を上げた。
 その表情を見て、兵士たちは再びざわつく。

「お、陛下が笑った……!? え、これって落ち着いたってこと? それとも……嵐の前触れ?」
「どっちにしても怖い!!」

 セラフィーナは、そんな彼らを見て、今度こそ堪えきれずに吹き出した。
 笑い声が、灰色の空の下にやわらかく広がっていったのだった。
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