戦場帰りの聖女は「穢れた」と断罪され追放されたけれど、獣人の王に拾われて契約結婚したら溺愛されました~追放した王国が滅びかけて土下座してきましたが私はもう戻りません~

第09話 少しの間だけ。

 重く軋む扉の向こうは、ひっそりとした石造りの部屋だった。
 案内されたのは、城から少し離れた区画にある『外来者用の宿舎』と言う所。
 装飾こそ簡素だが、清潔に整えられ、生活に必要なものはすべて揃っていた。
 けれど──その扉の前には、常に近衛の騎士が一人、無言で立っている。

「ここで、しばらく過ごしてもらう」

 短くそう告げたのは、前にも言葉を交わした近衛の一人だった。
 感情の起伏が読めない無表情のまま、彼は続ける。

「保護観察の立場だ。だが、拘束ではない。街の中は歩いて構わん。ただし、常に護衛はつける。理解してくれ」
「ええ……ありがとうございます」

 セラフィーナは素直に頷いた。
 部屋の窓から見える中庭には、花と草木が整えられており子どもたちが走り回る姿も見える。

 ──あの中に、双子もいればいいのに。
 
 そんな想いが一瞬、胸をかすめた。

 騎士が去ったあとも、セラフィーナは一人で部屋に残された。
 寝台に腰を下ろし、マントを外して深く息をつく。

(静かだなぁ……けれど、この静けさは……少し寂しく感じてしまうな)

 扉の外からは、人々の声や足音が聞こえてくる。
 時折、窓越しに誰かの視線を感じる。
 通りかかる使用人、警備兵。
 好奇の視線、警戒の視線……だが、それだけではない。
 ほんの一瞬、目が合った者の中にはどこか温かいものを宿した瞳もあった。

 そこへ、ノックの音が響いた。

「……どうぞ」

 声をかけると、扉が静かに開いた。
 入ってきたのは、一人の女性だった。
 栗色の髪を後ろでゆるく結い、粗末ながらも丁寧な身なり。
 手に持った木盆にはスープとパン、温かなハーブティー。

「こんにちは、配膳係のミアです。どうぞ、召し上がってください」
「ありがとうございます。それと初めまして、セラフィーナと言います。気軽にセラで構いません」
「セラさんですね、よろしくお願いいたします」

 セラフィーナが挨拶と礼を言うと、ミアは小さく首を振った。

「……あなた、人間でしょう?」
「ええ。そうですよ」

 ミアはそれ以上多くを語らず、盆を置くと扉の方へ向かった。
 けれど、その背に向けてセラが声をかけた。

「ミアさん……あなたも、人間ですか?」
「……ええ。私も、王都から逃げてきて、もう五年になります」

 そう言って彼女は、少しだけ振り返った。
 その瞳には、まっすぐな光が宿っていた。

「ここは……悪いところじゃないわ。少なくとも魂を穢れてるなんて言わない……きっと、あなたにも必要な場所よ」

 そのまま、ミアはそっと扉を閉めた。
 部屋には再び静けさが戻る。
 けれどセラの胸には、小さな温もりが灯っていた。

    ▽

 薄曇りの朝、石畳の中庭に小さな別れの場が設けられた。
 近衛騎士の立ち合いのもと、セラと双子──ノアとカルミアはしばらくの別れを迎えていた。

「セラ、行かなくちゃいけないの?」

 ノアが不安げな目でセラの手を握る。
 その小さな手は、ほんの少し震えていた。

「私はここで様子を見られるんだ……あなたたちは、安全なところで少しだけ過ごすらしいからな、少しの間お別れだ」
「でも……一緒じゃないと、カルミアが……」
「ふぇぇ……やだやだっ……セラもいっしょぉ……」

 その名を呼ばれた少女は、すでにセラフィーナの腰にしがみついて泣いていた。
 彼女の傷は癒えたもののまだ身体が本調子ではない。
 それでも、不安と寂しさが爆発したのかぽろぽろと涙をこぼしている。

「セラ……いやだぁ……置いてかないで……」
「置いてなんていかない……これは少しの間だけ。すぐにきっとまた会えるから大丈夫だ」

 セラフィーナはしゃがみこみ、カルミアの頬を両手で包み込む。
 その額にそっと額を寄せて、囁いた。

「あなたが泣かずに待っててくれたら、私はとても嬉しいぞ?だから、がんばれ。ノアもちゃんと妹を支えるんだぞ?」

 ノアが口を真一文字に結び、小さく頷いた。

「……うん、僕が守る。カルミアを、ちゃんと守るから」

 カルミアはまだ涙を止められなかったが、それでもセラフィーナの手をぎゅっと握ったまま小さく頷いた。

「……きっと、すぐに……また、あえる……?」
「ああ。約束だ」

 セラフィーナのその言葉は、祈りのように優しく響いた。

 そして双子は、騎士に連れられて、獣人の養育舎へと向かっていく。
 最後まで振り返って手を振るノアの姿が、森の向こうへと消えていった。

 セラフィーナはその場に立ったまま、ずっとその背を見送っていた。
 胸の奥にぽっかりと穴が空いたような、静かな痛みがあった。

 けれど、それ以上に──彼らを守るために、自分がここでできることを探さなければならない。
 その想いだけが、彼女の足元を支えていた。

「……しかし、まさかあそこまでなつかれるとは思わなかったなぁ」

 セラフィーナは笑いながらそのように呟くのだった。
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