育児チート令嬢、辺境で王族の赤子と元騎士団長様と家族はじめました〜子守り上手な彼に溺愛される異世界スローライフ〜

26.ご近所さんからの挨拶

ちょうどフィオがお昼寝をし、時間が空いた時。

 換気しようにも窓は木で塞いでいるため、玄関の扉を開けた。

 温かい日の光と、心地よい風が髪を揺らし、眩しさに目を細めてしまう。

 そろそろ洗濯物を取り込もうかな、と庭に出ようとした時、

「こんにちは、いい天気ですね」

 声がしたので振り返ると、屋敷の前に穏やかそうな初老の男性が立っていた。

 こんな辺境に珍しい、と思いながらこんにちは、と会釈をすると、

「隣町に引っ越してきました、グレンと申します。
 以前までは王都で働いておりましたが、もう歳なので隠居しようと思いましてね。
 ご近所さんにご挨拶を兼ねて、これを」

 グレンと名乗った初老の男性は、胸に持っていた紙袋から数個、イチジクを差し出していた。

 甘酸っぱい香りが漂い、とても熟れた高級な果実だというのが分かる。

「あら、ありがとうございます。
 私はエレナと言います。私も引っ越してきたばかりなんです」

「そうですか」

 グレンさんが微笑み、目尻の皺が寄る。

 灰色の髪も髭も綺麗に整え、身だしなみもきちんとしている方で、王都でもさぞしっかり働いていたのだろうというのが見て取れる。

「いやあ、気候もいいし落ち着いていていい場所ですね。
 お隣さんにも挨拶したいのですが、どんな方ですか?」

「ああ、アーサーさんは多分今狩りに行ってると思います」

 弓と矢を持って山の中に入っていったので、戻ってくるのは昼過ぎ以降だろう。

私がそう伝えると、体格がよく、背筋を伸ばした初老のグレンさんは、ほんの少しだけ片眉を上げた。

「……そうですか。ではまた後日、ご挨拶に参りますね。
 私は隣町へ行く途中の小さな家に住んでおりますので、ぜひお子さんと遊びに来てください」

「ありがとうございます!」

 笑顔で会釈をし、グレンさんは踵を返して歩き出した。

 その時強い風が吹き、彼の着る外套がめくれ、胸元の内側に剣と鷲のマークが刺繍されているのが見えた。

 私は町へと向かうグレンさんの背を見送りながら、玄関の扉を閉める。

  甘くて美味しそうなイチジクを貰えた。
 剥いてそのまま食べてもいいし、たまにはジャムにしてみたら、アーサーさんもパンに塗って食べてくれるかな。

 絞ってフィオのジュースにしてみようか、と思った時、ふと思い出す。

「……そういえば、なんでさっきの人、私が赤ちゃんと住んでるってわかったんだろう?」

 フィオは今静かに寝ているから、入り口とはいえ声は聞こえなかっただろう。

 洗濯物も、シーツとエプロンと、寝落ちした私に貸してくれたアーサーさんの男物の上着を干していただけで、赤ちゃんの服などは一切干していないのに。


不思議に思ったが、

「ふえぇぇん!」

 声がしたので慌てて寝室に行くと、額に「空腹」と書かれたフィオの姿。

「はいはーい、ミルク飲もうね!」

 育児が忙しくなり、一瞬浮かんだ「疑念」は、すぐに忘れてしまった。
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