育児チート令嬢、辺境で王族の赤子と元騎士団長様と家族はじめました〜子守り上手な彼に溺愛される異世界スローライフ〜

29.皇帝の勅命

 俺は王都の騎士団長をしていたが、ある日皇帝からの勅命を受けた。

 カルヴァン皇帝はいつも座られる玉座の間ではなく、ご自身の自室に俺を呼んだため、緊張して騎士団の制服を正す。

 カルヴァン皇帝は綺麗に整えた黒髪を掻き上げ、椅子に座り頬杖をついている。

「アーサー、君は非常に優秀な騎士団長だと報告を受けている」

「いえ、自分にはもったいないお言葉です」

 皇帝と、胸に手を当てて起立する俺しかいない、秘密裏の会合。

「……そんな君にしかできない勅命を授けたい」

 皇帝の、深く黒い瞳の奥の感情は読めない。

 誰にも聞こえないよう、カーテンを閉めた二人きりの部屋に呼び出された時点で、覚悟はできていた。

 敵国への諜報活動か、恐ろしい魔獣の討伐か、同盟国への交渉か。

 命懸けの命令が来るのだと、次の言葉を待っていたら、

「赤子の子守りをして欲しい」

「は?」

 思いがけない言葉に、俺は不敬にも素っ頓狂な言葉をあげてしまった。

「……私の子だ。だが、誰にも気が付かれぬよう、内密で育てる必要がある」

 齢28歳の若き王、カルヴァン皇帝は、同盟国の皇妃を二年ほど前に娶り、カミラ王妃という女性と夫婦関係にある。

「ですが、王妃はご懐妊されていないのでは」

カミラ王妃にはよく公務の際に護衛につくことがあるが、数日前にお会いした時も、スラリと細いドレスを着ていてご懐妊の様子はなかった。

「カミラ王妃との子ではない。
 ……夜になったら離宮の奥の部屋に向かってくれ。そこに行けばわかる。
 くれぐれも、誰にも見られないように」

 真紅の服に双剣を模った勲章を胸につけたカルヴァン皇帝は、それだけを命じると静かに目を伏せた。


* * *


 皆が寝静まった深夜、黒い外套を被り、俺は言われた通り離宮の奥の部屋へと向かった。

『五感強化』のスキルを使い、周囲に人がいたらすぐに草陰に潜み、耳を研ぎ澄まし、足音や呼吸音も探知しながら進む。

 そうして時間をかけようやく離宮へ侵入し、目的の部屋の扉の前まで辿り着く。

 そっと、扉の前で耳を澄ませる。

(呼吸音が二つ。部屋の中には二人の人間。
 どうやら寝ているようだが……)

 深夜なので眠っていても仕方がない。皇帝からの命令なので、俺は扉を静かに開け、その部屋へと忍び込んだ。


「すー…すー…」


 部屋の奥にはベッドが置いてあり、そこには小さな赤子が眠っている。

 そしてその隣に、赤子を守るように腕に包み、眠っている女性が一人。

 柔らかくウェーブの金髪に、華奢な体躯。

「な……聖女ルイズ様……!?」

 その女性には見覚えがあった。

 神々しい光を放ち、怪我をたちまち治してしまう、神の使いとも呼ばれている尊き聖女。

 その中でも特に魔力が強く、そのため王都の王宮聖女として宮廷に住んでいるルイズ様が、ベッドに眠っている。

 生まれたばかりの赤子を抱きしめ、月明かりに照らされた姿は、母性にあふれ、まるで宗教画のようにも見えた。

(……そういうことか)

 俺はこの勅命の意味を、全て理解した。

 聖女ルイズは様十年以上前、まだ若い頃から魔力の多さを買われて王宮で過ごし皇族たちに癒しを与えていたし、同じく若き皇太子であるカルヴァン様と、歳も近く親しい仲だったと聞いている。

 人を癒すことに長け、穏やかでたおやかな素晴らしい女性だ。そして、見目も麗しい。

 冷静沈着な名君であるカルヴァン皇帝の寵愛を受けるのも無理はない。

 同盟国との政略結婚のため、カミラ王妃と二年前より婚姻をしてはいるが、皇帝の心は、この聖女ルイズ様の方にあったのだろう。

 『訳あり』の『私生児』を守るように、という意味だと気がつき、俺は静かに息を吐くと、騎士団長らしく眠る母と子供の護衛についた。
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