育児チート令嬢、辺境で王族の赤子と元騎士団長様と家族はじめました〜子守り上手な彼に溺愛される異世界スローライフ〜

36.危機が迫る

痛みに息が上がるが、外から見えぬように脱出する経路を頭の中で考える。螺旋階段を降り、地下から裏門に逃げるのが良いか。

 聖女であるルイズ様は腕に抱えていたレオをベッドに置き、俺の左肩に治癒魔法をかけようとしていたが、

「……え……レオ? どうしたの……?」

 抱っこしているレオの顔を見て、声を震わせていた。

 俺がレオの顔を覗き込み、その顔色が真っ青に血の気が引いていることに気がついた。

「うぇ……ぇん……」

 目は虚で焦点があっておらず、肩が小刻みに痙攣している。

「レオ、こっちを見て、レオ!?」

 愛しの我が子の見たこともない顔色に、ルイズ様は半狂乱になって叫んでいる。

 レオに向かって投げられたナイフは身を挺して庇ったというのに。

「この顔色、痙攣……毒か!?」

 口から泡を吐き、ブルブルと震えているレオの顔を見て俺は聖女様を振り返る。

「聖女様、何かレオの口に入れましたか?」

「の、喉が渇いてそうだったから、テーブルに置いてあったミルクを少し……」

 俺がお土産のパンをもらい、夢中で食べている間レオを抱っこしてもらっていた時だ。

「ごめんレオ、我慢してくれ……!」

俺はルイズ様からレオを受け取ると、小さな口に指を突っ込み、胃の中のものを全て吐き出させた。

「けほっ、けほっ」

 全て出したけれど、顔色はちっとも良くならない。それどころか、体温は冷え切ってしまっている。

「外からナイフを投げてきた奴、ミルクに毒を混ぜた奴と、犯人は複数いたようですね……!」

 計画的に、虎視眈々と感謝祭のこの日を待っていたに違いない。

 しかし、悔やんでいる時間などない。

 俺は左肩に刺さったナイフの柄を右手で握り、深く息を吐くと、そのまま勢いよく引き抜いた。

「ーーーーっ!」

 痛みが全身を駆け抜け、ぼたぼたと大量の血が溢れるので、急いでテーブルクロスを引きちぎり止血のために肩に巻く。

「アーサーさん、肩の傷を治させてください」

「いえ、レオを助けるために魔力は全て使ってください。利き手ではないので俺は大丈夫です」

 正直痩せ我慢だった。歯を食いしばらなければ耐えられないほどの痛みだ。

『ーー奥の部屋にいた、騎士団長も重症だろう』

『五感強化』で研ぎ澄ませた聴力が、敵の声を察知する。

 時間がない。

「追っ手が来るので逃げましょう! 聖女様はレオに治癒魔法をかけ続けて!」

 ブランケットに包まれたレオを抱きしめたまま、ルイズ様は力強く頷いた。

 この子を守れるのは自分しかいない、という決意を込めた瞳だった。

 細い指からは金色の眩い光が放たれ、真っ白な顔をしているレオを包む。

 それを確認し、俺は聖女様の腕を引き部屋を飛び出し、敵と反対側の階段を降りる。

(とにかく逃げなければ。レオとルイズ様を王宮 から連れ出そう)

 地下へ降りる階段を降りながら、必死に考えていると、

『部屋はもぬけの殻か!』

 という追っ手の声を察知し、さらに先を急ぐ。

 薄暗い地下に、聖女の治癒魔法の光が灯る。

 指示した通り、ルイズ様は走り逃げながら、腕の中のレオに必死に治癒魔法をかけているようだった。
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