育児チート令嬢、辺境で王族の赤子と元騎士団長様と家族はじめました〜子守り上手な彼に溺愛される異世界スローライフ〜

37.生まれ故郷の修道院

離宮の裏口の扉から外へと出る。

 まずはこの街を離れなければいけない。城下町では感謝祭の真っ只中で、花吹雪が舞い、皆の楽しそうな笑い声や鼓笛隊の演奏が響いているが、命を追われている身としてはむしろ非現実的であった。

 顔を見られぬようにローブを被り、騒がしい街中を走りながら、俺は馬場に置かれている一頭の馬を見つけて、飛び乗った。

 こちらへ、馬の背の上でルイズ様に手を伸ばし、レオ諸共二人を馬の上に引き寄せ、後ろから抱き抱える形で手綱を握る。

 そして馬で走り出す。

 人通りが多く賑わっている通りの端を、ローブを被った二人の大人と赤子一人、駆けていく。

 皇帝のパレードを横切る瞬間、美しく着飾った王妃と、その一歩後ろで皇族のお手本のように手を振る、ランティス宰相と一瞬だけ目があった気がした。

(ーー虫も殺さぬような顔しやがって)

 罪のない赤子を殺すため、追っ手を放つような腐った男のくせに。

 穏やかな表情でパレードに参加するランティス宰相に心の中で吐き捨て、一層強く手綱を握りしめた。


 追っ手を巻き、聖女様とレオを安全なところに送り届けなくてはいけない。

 馬の蹄が鳴る規則的な音に、血を多く失って頭がくらくらするが、思いついた場所は一つだった。

 ここから数時間かけた北西の場所の山の上。

 山奥の村だというそこは、以前カルヴァン皇帝から伝えられた場所だった。

「レオが少し大きくなり育児の手を離れたら、ルイズと共に、彼女の生まれ故郷の小さな修道院に住んでもらう。
 あそこのシスターたちは皆ルイズの味方だからな」

 聖女様の生まれ故郷だというその場所に向かうしかない。

 きっと、皇帝との落とし子も受け入れてくれるに違いない。

「レオ……お願い、声を聴かせて……!」

 前に座る聖女ルイズ様は涙声で、何度も何度もレオの頭を撫でる。

 その手のひらは金色の光に包まれていて、絶え間なく治癒魔法を注いでいることがわかるのに、幼き子供のレオの瞳は虚ろなままだ。

「聖女様の治癒魔法を持ってしても解毒できないのですか?」

 大陸全土探しても、聖女ルイズ様より優秀な方など聞いたことがないというのに。

「おそらく、これはただの毒ではなく『呪毒』のようです」

「呪毒……?」

「呪いの魔術がかかった毒を飲まされたようで、体の修復はできても、呪いが外せないのです……!」

 毒は吐き出しさせた。臓器や体への影響は、治癒魔法をかけて癒している。

 しかし、毒にかけられた『呪い』は解くことができず、じわじわと、レオを蝕んでいるというのか。

「でも、必ず解いてみせます。
 だからアーサーさんは、私たちを逃したら、あなたも逃げてくださいね……!」

 止血してもなお、真っ赤に染まった俺の左肩を振り返り、ルイズ様は言う。

「わかりました。とにかく今は、急ぎましょう」

 馬が駆ける振動が全身に伝わってくる。最速で駆け抜け、目的地まで向かった。


数時間馬を走らせていただろう。

山奥の村へは馬を走らせるのは困難だったが、なんとかたどり着くことができた。

 馬から降り、生まれ故郷の修道院へと急いで向かうと、ちょうど数人のシスターが手を合わせ、神に祈りを捧げている時間だった。

「あなたは、ルイズ?」

 壇上に立っていた年配のシスターがルイズ様の顔を見て大層驚いていたが、息を切らせているルイズ様と、血まみれの俺、そして真っ青な顔の赤子を見て尋常じゃない状況だと把握したのか、すぐに駆け寄ってくれた。

 俺が、この子は皇帝と聖女様の子で、命を狙われているため匿って欲しいと伝えると、驚いてはいたが、

「いずれここに戻って、平穏に過ごして欲しいと、皇帝様からお手紙をもらい聞いていました。
 お任せください」

 穏やかな顔をして頷く年配のシスターを見て、俺は安心した。

 きっとここなら、聖女様とレオの身元を預けられる、と。

 どうか平穏に過ごしてほしい、という願いを込めた。
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