育児チート令嬢、辺境で王族の赤子と元騎士団長様と家族はじめました〜子守り上手な彼に溺愛される異世界スローライフ〜

38.いつかの子守唄のように

俺は、痛む肩を押さえたまま、修道院の扉を出た。

聖女様は腕に抱くレオへ治癒魔法を与えるのを、一時も解いていないというのに、レオの顔色はいまだに真っ青だ。

「敵は俺を追ってくるはずです。俺はなるべく遠くまで逃げます」

少しでもここから離れて、どこに行ったかわからないように敵を撹乱しようと、俺は考えていた。

狙われるのは俺だけでいい。

「レオ……元気で」

柔らかい金髪で、まるで天使のような可愛らしい子供。

まんまるで柔らかな頬をそっと撫でるも、体温を感じさせない程の冷たさ。


本当は、もう一度レオを抱っこしたかった。

レオと過ごした日々は、寝不足で、しんどくて、でもそれ以上にかけがえのない時間だった。


「それでは、お気をつけて」


俺はそれだけ言うと、馬に飛び乗り手綱を引いた。

「アーサーさん、本当に、ありがとうございました……!」

 ルイズ様は目にいっぱい涙を溜めていた。

 レオを育ててくれたこと、身を挺して守ってくれたこと、ここまで逃してくれたこと。
 
 全てに感謝していると、その瞳が語っていた。

「どうか、ご無事で……!」

 涙を流しながら、何度も何度も俺に手を振る、気高き聖女様。

俺は小さく頷くと、まっすぐ馬で走り出した。

頭の片隅には、初めてハイハイをした時のレオや、擦ったリンゴを食べて笑ったレオの顔が浮かんだ。

君を守るため、少しでも遠くへ行かねば。


 俺は焦燥感に駆り立てられ、ひたすら馬を走らせ続けた。

 権力欲に取り憑かれ、罪の亡き赤子や聖女を殺すことも厭わない、憎きランティス宰相と、その部下たちから少しでも逃げねば。

 皇帝からの勅命を受けた騎士団長の俺が、王宮の内部犯に狙われたまま、のこのこと王宮にまた戻るわけには行かない。

 もしかしたら騎士団にも、宰相の息のかかった裏切り者がいるかもしれない。

 俺の命も、聖女様やレオの身も危ないから、とにかく、逃げなければ。


 しかし、血を失いすぎたのだろう。


 ーーーードサッ。


 体の支えがきかなくなり、俺は力無く落馬した。

 肩に感じる鈍痛。左腕はもう痛みの感覚がない。

 冷たい地面から、ぼんやりと空を見上げる

 ーーああ、あの子を守れなかった俺なんて、このまま目が覚めなくても構わない。

 見上げた夜空には星が煌めいていて、いつかレオに歌った子守唄のようだと思った。
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