育児チート令嬢、辺境で王族の赤子と元騎士団長様と家族はじめました〜子守り上手な彼に溺愛される異世界スローライフ〜
第五章 今度は必ず守る

43.山奥へと避難

「あのグレンさんが宰相の手下……!?」

 アーサーさんの言葉に、私は絶句した。

 穏やかな笑みを浮かべ、ご近所づきあいをよろしくとご丁寧にあいさつをして、イチジクを手土産にくれた老紳士が、まさか宰相側のスパイだったとは。

 呑気にあいさつしている場合ではなかったと、風が吹いて翻った際に見えた、外套の中の剣の形の刺繡を思い出す。

 なぜかやけに瞼に焼き付いたそれは、王宮勤めの証しだという。

 私がグレンさんを思い出して考え込んでいたら、ふと明かりが消えた。

 アーサーさんが暖炉に近づき、くべた火を消しているところだった。

「ここはもう危ない。グレンはフィオの姿も、俺の存在も確認して、王都に報告したはずだ」

 窓から洩れる暖炉の明かりさえ目印になりかねないと、念には念を入れている。

「急げばここまで半日で追手が着く。避難しよう」

「ひ、避難って……もう日が暮れますよ」

 外は薄暗くなってきて、これから本格的に夜がやってくる。
 夜は足元が暗く、肌寒いのが心配で私が戸惑っていると、

「裏山を上った先に、俺が夜通し狩りをする時用の山小屋がある。そちらに移動しよう」

 アーサーさんが窓の外を指差す。

 確かに、グレンさんはこの辺境の空き屋敷が皇帝の所有物で、そこに「神託の巫女」と子供がいることを掴んでいたし、お隣さんにあいさつしたいと言った彼に、「アーサーさんは今狩りに行っている」とはっきり名前を伝えてしまった。

 レオの時の事の顛末を知っているアーサーさんが近くにいると知って、放っておくとは考えづらい。

 私の不安な表情を察知したのか、アーサーさんはまっすぐに私の目を見る。

「大丈夫だ、必ず君とフィオを守る。俺を信じてくれ」

 その言葉に、何も嘘はなかった。

 薪が割れず、お湯が沸かせずに途方に暮れていた引っ越したての私に、声をかけてくれた。

 熱を出したフィオを夜通し看病し、その熱が私にうつった時も、世話をしてくれた。

 そして今も、私とフィオを命がけで守ると言ってくれている。

 彼を信じようと、心から思った。

「はい、わかりました。行きましょう」

 私も覚悟を決めて立ち上がった。

 胸の中で眠るフィオを、追手から守るために。


*  *   *


 小屋の裏手、薄暗い森の中をゆっくりと歩いていく。
 アーサーさんは『五感強化』のスキルを活用し、用心深く辺りを見渡しているようだった。

「こっちだ、行こう」

 合図をしてきたので、私もゆっくりと歩き進める。

 夜露で濡れた落ち葉で足を滑らせぬよう、慎重に踏みしめるも、枝を踏んでパキッと乾いた音を響かせてしまう度に委縮してしまう。

「坂が急だから、気を付けて。フィオは俺が抱っこしよう」

 無造作に生えた草や蔦が生えた坂道を登らなければいけない。

 抱っこ紐に眠るフィオを入れている私に、重いだろうから抱っこを替わると言ってくれたが。

「ありがとうございます。
 でも、フィオは私が抱いた方が温かいと思うので、このままで大丈夫ですよ」

 私はアーサーさんの提案をありがたく断る。

「≪慈しみの抱擁≫発動、≪適温管理≫オン」

 育児チートスキルを発動し、抱っこ紐と彼を包むブランケットが、じんわりと温かくなっていく。

 夜の山は寒い。またフィオが熱を出さぬよう、育児チートスキルで暖めてあげたのだ。

 重たい抱っこは替われるが、育児チートはできないと、アーサーさんは納得したのか、口角を少し上げる。

「わかった。ではフィオは君に任せる。
 その代わり、俺の手をしっかり掴んで」

 急な坂で赤子ごと転んでしまったら大変だと、アーサーさんは手を差し出してきた。

 私が手を伸ばすと、大きな掌で包み込むように手を握ってくれた。

 そして、山道を登りやすいよう、力強く引き上げてくれるので、急な坂も歩きやすかった。
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