育児チート令嬢、辺境で王族の赤子と元騎士団長様と家族はじめました〜子守り上手な彼に溺愛される異世界スローライフ〜

50.逆恨みじゃないか

「どういうことだコンラッド。お前ほどの男が、まさか宰相の犬に成り下がるはな……!」

 鍛え上げられた体に、威風堂々とした佇まいから、コンラッドと呼ばれた彼が騎士としては優秀だったのだということがうかがえる。

騎士団は、王宮の皇族を守るために鍛え上げられた軍隊だ。そんな彼が、皇帝の息子であるフィオを暗殺し、さらにかつての上官のアーサーさんと対立するなんて。

 しかし、コンラッドは片眉を上げ、心底に腹正しそうにアーサーさんを睨みつけた。

「あんたが気に入らなかったんだよ、アーサー騎士団長」

「……俺が?」

憎しみの滲み出たコンラッドの言葉に、アーサーさんは驚いていた。

意に反したその反応さえ気に食わないと言わんばかりに、コンラッドは舌打ちをする。

「あんたは『五感強化』のスキルだけで騎士団長まで登り詰めたからな。
 北方への遠征での戦も、魔獣の討伐も、毎回俺の指揮の方が的確だった……!」

優秀な騎士団員として、厳しい環境下でも、恐ろしい魔物との対決でも、戦果を残したのは自分だとコンラッドは訴えている。

しかし、非常に希少で稀有な能力である『五感強化』のスキルの卓越した使い手であるアーサーばかり出世したのが気に食わなかったのだという。

(そんなの、ただの逆恨みじゃない)

しかし、男社会の騎士団の中で、若き優秀な人に嫉妬や、理不尽な扱いに絶望することもあるのかもしれない、とも思った。それが行きすぎて、特定の相手への殺意へと増幅したのだろう。

「だから俺は、対アンタ用の『無音』の能力を手に入れた。
 呼吸音も、足音も全て消すことができる。何も聞こえなかっただろ?」

コンラッドは、軍靴を履いた足元や、口元の周りに魔力を溜めて、その『無音』のスキルを見せつけてきた。

「『無音』か……なるほどな」

急に足音がしたこと、それが一瞬で消えたことも、アーサーさんは納得したようだ。

「さっきは、わざと扉側の茂みで数回足音を鳴らした。そのあと『無音』を作動させ、窓側の方に移動し、扉の方に注意を向けている背中にドスン! とナイフをお見舞いしようと思ったけど……」

コンラッドは手に握ったナイフをクルクルとも回しながら、上機嫌にトリックを話す。

「自分の手から離れた無機物の音は消せないんだよなぁ。
 だから、ナイフを投げた時の風の音で二回ともアンタに気付かれた」

さすがは元騎士団長だ、と軽薄な褒め言葉を放つコンラッド。

アーサーさんは目の前の元部下の憤りを一心に受け止めた後、冷静に、静かに問う。

「ーー俺への恨みだけで、この子、フィオを殺すことに加担したのか?」

俺への恨みなら構わない、嫉妬も羨望も憎悪も、そんなことには慣れている。

でも、なぜ罪の無い生まれたばかりの子供にその劣情を向けるのかと、アーサーさんは怒りでハラワタが煮えくりかえっているようだ。

「ああそうだ。ははっ、そんな赤ん坊、まさに赤子の手をひねる用にたやすいぜ」

コンラッドは、それが何か問題でも? と軽薄そうな笑みを浮かべる。

「……レオの時も、お前か」

ナイフを投げた「二回とも」避けられた、という言葉を聞き逃してはいなかった。

フィオの兄であり、アーサーさんが大切に世話をしていた、可愛い子供。

レオの時も、感謝祭の喧騒に紛れてナイフを投げたのか、と。

その問いに、鼻で笑って当然のように答える。

「そうだ。あんたの命を狩り損ねたから、今回また宰相が俺に復讐の機会を与えてくれた。
 今度は必ず、息の根を止めろとな」

月明かりに照らされたコンラッドの笑みは、凍りつくほど不気味だった。

横顔しか見えないアーサーさんも、その言葉で覚悟を決めたように一切の表情を消した。
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