育児チート令嬢、辺境で王族の赤子と元騎士団長様と家族はじめました〜子守り上手な彼に溺愛される異世界スローライフ〜

51.合図をしたら逃げろ

「……エレナ、ここは俺に任せて君はフィオを連れて逃げるんだ」

じりじりと対峙しながら、アーサーさんは私にだけ聞こえる小さい声で囁いた。

「君たち二人を守りながらでは、俺も戦えない。
 いいか、俺が合図をしたら、後ろの扉から逃げろ」

窓からナイフを投げ、部屋に侵入し、その割れた窓を背に立っているコンラッドから逃れるには、私の背後の扉から出るしかない。

「わかりました」

この子を守るためには、私も覚悟を決めなくては。

「あーう」

腕の中のフィオも、私とともに返事をしたので、

「……いい子だ」

アーサーさんは、語気を優しくしてフィオに少しだけ微笑んだ。

しかしすぐに視線をコンラッドに向け、右手に握った剣を構える。

相手のコンラッドも、片手にナイフ、もう一方に長剣を構えて、気に食わない同僚に殺意を向けている。

睨み合いは、数秒。

アーサーさんが剣を構え、踏み込んだ瞬間、その長い足で前に置かれていた木のテーブルを相手に向かって蹴り上げた。

「うおっ!」

不意を突かれたコンラッドがよろめき、テーブルのせいで一瞬彼の視界が塞がれた。

「今だ、行け!」

アーサーさんは叫び、それが合図だと理解した私は立ち上がり、一目散に背後の扉へと走り出した。

そのまま、暗闇の中の森を走り出す。

絶対に、この子は守らねば、という強い意志を持って。

「はあ……はぁ……!」

足元を照らす光は、月明かりのみ。

アーサーさんはコンラッドを倒すために一人で戦っている、私はフィオを守るため、今はただ走らねば。

屋敷に戻るのは危険なので、いつも果物やパンを買っていた隣の街に行って助けを求めようか。

しかし、グレンと名乗った王宮側近の老紳士、スパイがあの近くに住んでいると言っていたから、このまま森にいた方が見つからないかもしれない。

朝になり明るくなれば、きっと追っ手も人目を気にして襲ってこないはずだーー

「痛っ……!」

必死に頭を回しながら走っていたら、足を挫いて転んでしまった。

鈍痛が足首に走るが、咄嗟に守ったフィオに怪我はない。

「……っ、大丈夫、まだ走れるわ。
 心配しないでね、フィオ」

7〜8キロはあるだろうフィオを抱えながら、大木の根や木の葉、蔦が生えた暗い森を走るのは、思った以上に過酷だが。

(アーサーさんは、今も命懸けで戦ってくれてるんだから、弱音を吐いちゃいけない)

「ふえ、ふぇぇん……」

私の焦りを察知したのか、夜風が寒かったのか。フィオが小さく泣き出したので、

「寒いよね、お願いだから今は泣かないで……!」

赤子の声は遠くまでよく響く。追っ手に場所がばれぬよう、私は育児チートスキルを使う。

「≪慈しみの抱擁≫発動、≪適温管理≫オン」

この子がどうか寒い思いをしないようにと、思いを込めて。
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