育児チート令嬢、辺境で王族の赤子と元騎士団長様と家族はじめました〜子守り上手な彼に溺愛される異世界スローライフ〜

55.恐怖の文字

「……この子は皇帝の子ではなく、私の子です。何か、勘違いしてませんか?」

手を差し出してきた聖職者に、私は試すようなセリフを言った。

「少し夜泣きをしていたので、気分を晴らしてあげるためにお散歩していたんです」

確かにフィオを自分の息子のように思ってはいるが、これは「私が産んだ私の子で、皇帝は関係ない」とカマをかけてみる。

すると、ぴくり、と聖職者の男性のこめかみが動いた。

「ーーそうですか。でも金髪も、青い目も、あなたとは違うのでは?」

フィオを指差して、聖職者は静かに問いかけてくる。
確かにこの世界での私は、ハニーブラウンの髪で、緑色の目だ。

「ええ、離縁した元主人に似たんです。女で一人で育てるのは大変ですが、ご心配なさらず」

子供と似ていないことの、筋の通った言い訳をする。
私はただの父親似の息子を育てているシングルマザーで、この子は平凡な私の子供だと。

しかし、張り付いた笑顔を浮かべていた聖職者の男性は、唇の端を引き攣らせている。

「……そんなはずはない。だってそっくりではないか、その顔は……」

ぶつぶつと小さく呟いているのを見て、私は怖くて後退りをする。

「聖女ルイズと、皇帝カルヴァンの、禁忌の子だ……! この世に生まれていいはずのない、忌み子だ……!!」

聖職者の男性はそう叫ぶと、右腕を振り上げて私の方へと向けた。

「きゃあ!?」

まるで突き飛ばされるような衝撃が体に走り、私は地面に倒れ伏す。

擦りむいた肘と足から血が滲み、痛む。

(なに、衝撃波か何か……!?)

なにも触れられてはいないのに、離れた場所に立っていた聖職者が腕を掲げただけで、吹き飛ばされたのだ。

転んだ衝撃で、腕に抱いていたフィオが地面に落ちてしまった。

「ふぇぇん! ふぇぇぇん! ふぇぇぇぇん!」

痛みと恐怖でフィオが泣き叫んでいる。

私はすぐに近づき、あやそうと腕を伸ばすが、何かが私の体を締め付けているような感覚が走る。

「う……動け、ない……っ」

私が這いつくばりながらフィオに手を伸ばすも、何か見えない力で防がれている。

聖職者は怒りで震えながら、肩で息をしている。


「生まれるべきではなかった命に鉄槌を……! 汚れた魂に鎮魂を……!」


先程まで優しい笑顔を浮かべていた聖職者は、目を見開き怒り狂って天に向かって高々と叫んでいた。

その矛先は、今地面で泣いているフィオへと向かっている。

乳飲み子に向ける、剥きだしの「敵意」と「憎悪」は、ただただ、恐ろしい。

(た、助けて…‥誰か、フィオを……!)

誰もいない、真夜中の辺境。三人を見下ろしているのは、遠い星だけ。
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