育児チート令嬢、辺境で王族の赤子と元騎士団長様と家族はじめました〜子守り上手な彼に溺愛される異世界スローライフ〜

58.あなただけは

「聖女は純潔であるべき。忌み子は召されるべき。神の元で悔い改め、来世に願うが良い」

両手を組み、神に祈るような姿勢で、淡々とロレンティウス枢機卿は告げる。

地面を這うアーサーさんに哀れみの一瞥を送った後、くるりと私の方を向いた。

「次は『神託の巫女』、お前だ。
 異世界から来た分際で、我が神に仇成すなど、万死に値する」

私が召喚された存在だということさえ分かっているようだ。

枢機卿は何か古代語のような不思議な響きの言葉を呟くと、急に私の体が宙に浮かんだ。

「え、え……!? 何!?」

フィオを抱っこした状態のまま、私は地上から1メートル程度浮かんでいる。

紫色の魔力が身体中に巻きつき、生ぬるくて気持ちが悪い。

「うっ、ううっ!?」

 すると、喉が苦しくて息が出来なくなった。

 ギリギリ、と首に何かが巻き付いている感覚。
 
 すぐに脳に酸素が行かなくなり、視界がチカチカと点灯し始めた。

 ロレンティウス枢機卿が、魔力で私を浮かせ、首を絞めている。

「エレナ……! 今、助け……!」

アーサーさんが立ちあがろうとするが、すぐに魔力の重力で押し潰され、地面から体が起き上がれないようだ。

(く、くるし……息が、できない……)

首元に手を置くも、物体が巻かれているわけでなく、実態のない魔力のため解くことも触ることもできない。

「俺は……また、守れないのか……!」

 アーサーさんが涙を滲ませ、地面から必死に私の方へと腕を伸ばしているのが、視界の端に見えた。

 張り裂けるような笑みを浮かべる狂気の枢機卿は、禍々しい魔力を緩めない。

「神託の巫女と騎士団長をまずは仕留め、禁忌の子は生贄として神に捧げることにしよう」

 名案だ、と言わんばかりに手を打ち、不気味な笑みを浮かべている枢機卿。

 フィオを抱く私がもう力が入らなくなり、だらりと腕を落としてしまっていたが、フィオは魔力の力かぼんやりと宙に浮かんでいる。

  アーサーさんが剣を必死に掴み、私とフィオの方へと助けに行こうと地面を這っている。

 しかし、間に合わないだろうことは、渦中の私でも分かった。

(ああ……フィオ。大好きよ。どうかあなただけでも、生き残って……)

 望みは薄いけれど、それでも少しでも可能性があるのならば。

(私の命の代わりでも構わないから……!)

 息ができず、死を覚悟した私は心の中でそう願い、目を閉じる。


 王都の聖堂で泣いていたフィオを初めて抱っこしたら、にっこりと笑って泣き止んだ。

 魔力が暴発して熱が出た後、初めて寝返りを打った後の誇らしげな顔をしていた。

 納屋に避難していた時、小さく伸ばしてくれた手のひらを、アーサーさんと三人で握った。

 短いけど、暖かい思い出が、頭の中に走馬灯のように巡る。

 もう意識を失う、その時だった。
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