育児チート令嬢、辺境で王族の赤子と元騎士団長様と家族はじめました〜子守り上手な彼に溺愛される異世界スローライフ〜

63.この歌を覚えてる

「あちらを」

修道服を着た白髪のシスターが、にっこりと微笑み、視線を背後へと向けた。

そこには、取り込んだ洗濯物かごの中から白い布を取り出し、頭にかぶって走っている子供だった。

まるでお化けのような格好で、布を羽ばたかせ、キャハハ!と明るい声をあげながら元気に走っている。

保育園のお遊戯会を楽しむ、幼児のような無邪気さだ。

「シスター! どこー?」

小さな男の子は布を被ったまま、シスターの隣に来ると、正体は僕でした! と言わんばかりにかぶっていた布を取った。

びっくりしてくれるかな? と期待に満ちた笑顔。

「君、は……」

アーサーさんはその顔見て、ゆっくりと口を開く。

あらわになった男の子は、2歳半から3歳ぐらいの幼児。

陽の光を受けてきらめく金髪と、助けるような青い目が特徴的な子供だ。

アーサーさんは息を呑むと、震える唇でその子の名前を呼んだ。


「レオ、なのか……?」

皇帝から子守りを任された、小さな赤子。
離宮の多くの部屋で二人きりで過ごしていた日々。
追っ手から守るために、この修道院に預けた、大切な子供。


「レオ、ぼくはレオだよ」


したったらずな声で、自分の名前を名乗る男の子。
銀髪で背の高いアーサーさんのことをじっと見上げて、少し考えているようだった。

「ぼく、しってる。あなたのこと……」

とアーサーさんを指さして、瞬きをしている。
レオは目を瞑り、小さな口を一生懸命開けて、歌を歌い始めた。


「きらめくほしのしたー、きぎもみなねむりー、あさひはまたのぼる、かがやくひがのぼるー♪」


初めて聞いたのに、どこか懐かしい歌。
母親が子供に歌うための、子守唄。


「このおうたを、だっこして、ぼくにうたってくれたひとでしょ?」


レオのその言葉を聞いて、アーサーさんの頬に涙が流れた。

レオが夜泣きをして眠れない時、ゆらゆらと抱っこしながら、故郷の歌を歌っていた。

自分の母親が歌ってくれたように、レオに歌ってあげた歌だと。

レオも覚えていてくれたのだ。

子守りなんてしたことない騎士団長が、試行錯誤しながら必死に子守りをしていた、大変だけれど、温かったあの日々を。


「ああ、そうだ。そうだよ……!」


アーサーさんはしゃがみ、レオと視線を合わせると、その幼い子を強く抱きしめた。

レオも、嬉しそうに満面の笑みで抱きつく。


「無事でよかった……!」


一年以上経ち、いつの間にか話せて、歩いて走れるようになった、小さな男の子。

怖くてずっと言葉にはできなかったけれど、レオは死んでしまったと思っていた。

毒入りのミルクを飲まされ、真っ青な顔で痙攣し、その命の炎は消えてしまうものだと思っていた。

その事実を聞くのが怖くて、王都に戻ることもできなかったのだ。

罪滅ぼしの為に、辺境で一人きりで過ごし、夜空に祈っていた。

でも、命を取り留めて、この修道院で過ごしていただなんて。

アーサーさんの心に影を落としていた存在が、元気に生きていて良かったと、私も思わずもらい涙を流してしまった。

そばにいた皇帝は、その様子を静かに見守っていたが、


「ルイズが、命懸けでこの子を守った」


と、小さく呟いた。

「聖女様が… …?」

レオを抱きしめたアーサーさんが、驚いた顔で皇帝を見上げる。

ああ、と頷き、カルヴァン皇帝はこの修道院で起こったことを淡々と語り出した。
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