育児チート令嬢、辺境で王族の赤子と元騎士団長様と家族はじめました〜子守り上手な彼に溺愛される異世界スローライフ〜

65.一緒に過ごそう

65.一緒に過ごそう
*  *  *


「そんな、聖女様が……」

「……ロレンティウス枢機卿のかけた呪毒だ。完全に解くことは不可能だったのだろう。
 だから、ルイズはその呪いを自分に移し、命を全うした」

 10代で王宮の聖女となったルイズ様と、皇太子として過ごしていたカルヴァン様が出会ったのは、十年以上前だ。

 その頃から、カルヴァン様にとっては唯一の愛しい恋人だったのだろう。

 レオのそばにいるアーサーと、フィオを抱く私を、皇帝はしっかりと見つめる。


「アーサー、君が命懸けでレオとルイズを追っ手から守ってくれた。二人の命を救ってくれた」


聖女と子供を救ってくれたことへの、最大限の感謝。


「そしてルイズが、レオの呪いを解き、フィオを産んだ。二つの命をこの世に産んでくれた」


 最愛の人が守った、最愛の子供二人。


「私は君たちに恥じない働きをしなければいけない」


 愛し人を失って失意のどん底にいるはずなのに、カルヴァン皇帝は泣いている暇などないと、心に決めたようだ。


「ーー宰相の息がかかった者を全て粛清する。
 教会の保守派を正し、聖職者が家族を持つことを異端としないよう進めていく。時間はまだ、かかるだろうが」

 貿易や物資の利権のために、同盟国の姫との契約結婚を余儀なくされた皇帝。

 王妃の兄、宰相がこの国の金と地位を我が物にしようと画策したのを、全て始末しなければと。

「王妃の手前、そのようなこと可能なのでしょうか」

 アーサーさんのもっともな問いに、

「カミラ王妃は、自分の実の兄が今回の事件を巻き起こしたことを悔い、私とは婚約破棄し、故郷に帰るらしい」

 自分の肉親や、その協力者が何人もの命を狙い、結果として聖女の命を奪ったのだから、王妃はその責任を感じて離縁するのだという。

「……私が愛しているのは、生涯ルイズだけだ。後妻は取らん。
 だから、レオとフィオの二人が私の子供で、皇太子。次期皇帝だな」

 ふ、と笑い、カルヴァン皇帝は小さなレオと、赤子のフィオの髪の毛を撫でる。

 くすぐったそうに笑うレオと、皇帝の指を掴もうと手を伸ばすフィオ。

「そこでどうだろう、王宮の風通しをよくする政策で多忙な私の代わりに、引き続き『神託の巫女』の君が、子供の母親代わりになってくれないか?」

「え?」

 カルヴァン皇帝の提案に、私とアーサーさんの驚いた声が重なってしまった。

 正直、今回の事件が解決したので、フィオは王宮に戻るものだと思っていた。


「自然が豊かで人が優しい、のどかな場所の方が子供の成長にはいいだろう」

 宰相と枢機卿を捕縛したとはいえ、まだ手下が潜んでいるかもしれない。そんな危険な場所に子供を戻すわけにはいかないのかもしれない。

 小さな花が咲き、広い草原が広がり、満点の星空が広がる、あの辺境は確かに子供は伸び伸びと育つかもしれないが。

「皇太子を、今後も私が育てるってことですか……?」

 カルヴァン皇帝と聖女ルイズの子供と知り、皇太子だと言われると、急にこの腕の中の可愛い赤ちゃんを育てるのさらに重大な役目に思える。


「君ならできる。神託の巫女、エリナ・ハーリントン」

 しかし、カルヴァン皇帝は私を信頼していると、強く頷いてくれた。


『この世界には救われるべき命がある』
『その子を守れるのは、汝ただ一人』


 この世界に転生をしてきたとき、私の頭の中に流れてきた声を思い出す。

 救われた命。そして守るべき子供。

(ーー私は、この世界にいてもいいんだ)

 胸の中に抱くフィオは、ニコニコと笑顔で私に笑いかける。

 この子とずっと一緒にいたい。

 歩けるようになって、話せるようになって、ちょっと喧嘩したり、転んじゃったり、美味しいものを食べているところを、もっともっと見たい。

 心から、そう思ったのだ。


「ーーはい、喜んで。私でよければ、この子を育てさせてもらいたいです」


「ふふっ!」

 私の声に合わせて、相槌を打つかのようにフィオが高らかに笑った。

 カルヴァン皇帝は、そんな私とフィオの顔を見て、頷いてくれた。

「レオは、どうする? このままシスターたちといるか?」

 しゃがんでレオに視線を合わせたアーサーさんが、優しい声色でレオに問いかける。

 んーと、と悩んでいるようだったが、

「このあかちゃん、ぼくのおとうとなの?」

 と、私が抱くフィオを指差すレオ。

「そうだよ、この子はレオの弟の、フィオよ」

 私が抱っこしているフィオをレオの前に見せると、わあ、と口をまんまるに開けてフィオの顔を覗き込む。

 恐る恐る、ツンツンと人差し指でフィオの顔をつつくと、その小さな指を手のひらで握り返す、さらに小さいフィオの指。

 初めて触れた兄弟の温かさに、レオは満面の笑みになる。

「ぼく、おにいちゃんになりたい!
  おえかきや、かけっこをおしえてあげるんだ! いっしょにいく!」

 自分ができることを全部下の子に教えてあげたいと、早くもお兄ちゃんとしての自覚が生まれたらしい、微笑ましいレオ。

「決まりだな」

 アーサーさんはそう言い、大きくなったレオを軽々と抱っこした。

「またいつでも遊びきてくださいな、レオ」

「うん!またね、シスター!」

聖女ルイズ亡き後、修道院にてレオの面倒を見てくれていた年配のシスターも、その方が良いと気持ちよく送り出してくれた。

「俺も皇太子二人の護衛も兼ねて、エレナのそばにいます」

 赤子の頃からずっと一緒にいて、別れてしまったレオと離れ難いのだろう。

 頬が緩みっぱなしのアーサーさんは、レオを抱っこしたまま皇帝に伝える。

「ああ助かる、アーサー騎士団長。ハーリントン嬢もその方が心強いだろう。
 屋敷に戻る前に、何か必要なものはあるか?」

 急に話を振られた私は、指を折りながら羅列する。


「ええと、お金をいただいたのは助かるのですが、街でお札は使いづらいので小銭に両替してください。
 あと、屋敷の窓が割れちゃったのでガラスの修理を。
そろそろフィオの離乳食が始まるので、新鮮なリンゴなどの果物と、レオのための知育玩具や体を動かせるボールや縄跳び、あとタオルはいくらあっても困らないのでそれを」

 えーとえーと、まだまだあるぞと私が悩んでいると、

「おー!」

とフィオも元気に加勢してくれた。

 図々しい私の依頼に、アーサーさんとカルヴァン皇帝が目を合わせて、笑いながら肩をすくめていた。
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