育児チート令嬢、辺境で王族の赤子と元騎士団長様と家族はじめました〜子守り上手な彼に溺愛される異世界スローライフ〜

7.薪割り初体験

屋敷に戻り、部屋の中のベビーベッドにフィオをおろし、サンドイッチとりんご半分を棚にしまった私は、肩を回しながらため息をついた。

(買い出しのたびに、毎日歩かなきゃいけないのかしら……)

ベビーカーもないので、買い物に行くのもなかなか重労働だ。

それと、今度皇帝に連絡が取れることがあれば、お札ではなく銅貨で支給してもらわないと、会計の度に不便である。

ふうと息をついた時、

「やぁ……ほやぁ…」

とフィオが小さくぐずる声が聞こえた。
慌てて立ち上がり近寄ると、フィオの額には「空腹」と文字が点滅している。

「ええ、もう三時間経っちゃった!?」

フィオは生後半年程度と皇帝が言っていた。
 大体このくらいの赤ちゃんには、三時間毎にミルクをあげるものだ。

さっきミルクをあげたばかりの気がするが、屋敷の掃除をして、街に買い出しに行き、食事を摂ったらもう時間が経ってしまったのである。

「«慈しみの抱擁»発動、«自動ミルク整調»オン!」

唱えると、手の中に温かいミルクの入った哺乳瓶が現れる。

そして再び空腹のフィオにそれを飲ませ、飲み終わったら縦抱っこ、トントン、ゲップ。

「はあ、世のお母さんたちはすごいなぁ……」

たった1日だというのに、家事をしながら赤子をつきっきりで面倒を見る大変さが身に染みてしまう。


そういえば、屋敷に来た昨日からお風呂に入っていないことに気がついた。

「フィオも沐浴させてあげなきゃよね。お湯を沸かさないと」

自分は濡らした布で全身を拭いたりして簡易的に汚れを拭いているが、赤子も汗をかくし、肌が敏感だから優しく一日一回は体を洗ってあげなければならない。

そもそも水を汲まなければと、屋敷の前にある井戸水を汲み上げることにした。

ロープについた水いっぱいの桶を引っ張り上げるのに、全身の力が必要だ。

「うう……重たい……!」

少しでも力を緩めると桶から水がこぼれてしまうので、普段あまり使わない二の腕の裏側に渾身の力を込める。

ようやく桶いっぱいの水を汲むことができた。10リットルぐらいだろうか。

これで飲み水や洗い物にはしばらく困らないが、冷たい井戸水ではフィオの沐浴ができない。

「お湯を沸かす……コンロ、はないから、火を燃やすには……?」

屋敷の中をキョロキョロと見渡すも、道具のようなものはない。
うろうろと屋敷の周りを回ると裏庭に斧と、数本の薪が立てかけられていた。

(薪で火を起こすのか! そ、そんなの一人でできるかしら!?)

サバイバル番組で見たことがある、尖った木の棒を、燃えやすい葉っぱの上で両手回し、摩擦で火を点ける方法。

そして火が大きくなったら、薪をくべて焚き火にしていく方法を取るしかないのかもしれない。

「じゃあまず薪……薪を割らなきゃ……」

太い丸太のままでは火も燃えないだろう。斧と数本の薪を拾い屋敷の入り口に運んだ。

(ここからだと、室内に寝かしているフィオが見えないのが心配だわ)

目が届く範囲の家事をするには問題ないが、長時間赤ちゃんから目を話すのは危険だ。

私は一度室内に入り、抱っこ紐を後ろ向きにし、フィオをおんぶする形で胸の前で固く結んだ。

そうして斧を持ち、まっすぐ立てた薪に向かって斧を持ち上げる。

「うう、怖い……でも私がやらなきゃ、お風呂も入れないし」

大型の刃物を扱うことの恐怖はあったが、フィオを冷たい水で洗って風邪ひかせるわけにもいかない。

両手で握った斧を大きく持ち上げ、足を踏み締めて、薪に向かって振り下ろした。

「えい!」

ゴン! と音がして、薪に斧が落ちるも、力が足りないのか最後まで割ることができなかった。

「ほぎゃあ! ほぎゃあ!」
「わわ! ごめん!」

途端、フィオが火がついたように泣き出してしまった。
 フィオの額には「眠い」という文字が浮かんでいる。

それもそうだ。気持ちよく寝ていたのに、自分をおんぶしている人がブンブン斧を振り回していたら、振動で眠れるはずがない。

「ごめんねごめんね、よしよし」

斧を手放し、おんぶしていたフィオを胸で抱き、必死に揺らしてあやす。

(育児チートは最強だと思ったけど、私が過ごす上での最低限の生活インフラが、整ってなさすぎる!)

 盲点だった。
 掃除機や冷蔵庫、ボタン一つで沸く風呂、徒歩数分のコンビニに慣れた現代人には、辺境地での生活は無謀だった。

 実家も親戚の家も首都圏で、キャンプすらろくにしたことがない私は、薪を割るのさえも未知だ。

フィオの額の「眠い」の文字が消えない。ゆらゆらと揺らしながら、私は余裕がなくなって泣きそうになってしまった。


その時、


「薪が欲しいのか?」


私の背後から、男性の声がかかった。
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