妹に虐げられて魔法が使えない無能王女は、政略結婚でお飾り王太子妃になるはずなのに俺様王太子に溺愛されています
1.魔法が使えない無能王女
 穏やかな春の日差しが眩しい。暖かく爽やかな風が吹き、草原の草花が揺れている。
 この国の王女、ルフェーヌとルフェーヌの妹、アデルの姉妹は風力車という馬のいない、御者のみがいる乗り物に乗っている。
 ルフェーヌたち姉妹の国である風の国、スフェーン国では風力車を御者が手綱の代わりに丸型のハンドルを持って風力車の操り、御者の風魔法の力で動かしている。
 この世界の人間は精霊の力を授かり、その力を魔法として使っている。
 ルフェーヌは先程から変わらない草原の景色を眺めている。
 (はあ……)
 ルフェーヌは小さくため息をするとアデルもため息をする。
 「はあ……、退屈。移動時間ってきらーい。辛気くさいお姉様と何時間も一緒なんだもの」
 ルフェーヌの妹であるアデルは赤いマニキュアをした自身の爪を見ながらため息交じりに呟く。ルフェーヌはただ黙っている。
 アデルは他国でも美しいと評判になっている。目鼻立ちがハッキリとした美しい顔立ちで、化粧はアデルの美しさをさらに引き出すように完璧にされている。
 髪色は毛先が明るくなるようにエメラルドグリーンのグラデーションになっている。
 瞳は猫のような大きなつり目で、瞳の色は髪色と同じエメラルドグリーンをしている。
 自他共に認める美しいアデルだが、姉であるルフェーヌは見た目と性格が正反対になっている。
 アデルの身長は百七十センチほどあり、華奢な体型をしている。普段から華やかなドレスで化粧は欠かさず、いつも大粒のアクセサリーを身につけている。
 アデルは自尊心と自己主張が強い。表向きは理想の王女としての自分のイメージのためにルフェーヌと”仲良し姉妹”のフリをしているが、実際は仲が良くない。
 アデルはルフェーヌと二人の時にはルフェーヌへ高圧的な言動で接している。
 ルフェーヌの身長は百五十五センチほどで年齢の割に見た目が可愛らしく、子供っぽく見えてしまう。
 普段から紺色ワンピースなど落ち着いた色を着ていて、飾り気のない見た目をしている。
 髪色はプラチナブロンドで、首元で隠れている後ろ髪はアデルと同じくエメラルドグリーンになっている。
 髪型は低い位置でまとめ、シニヨンヘアにしている。
 瞳は大きく丸くぱっちりとした瞳をしている。瞳の色は若草のような黄緑色のペリドット色をしている。
 ルフェーヌは自己否定が強く、自己肯定感が低い。自信がなく気の弱い性格をしている。
 アデルへ何か言えば百億倍返しをされ続け、気が弱い性格も重なって幼少期で反論するのを諦めてしまった。
 正反対の二人が狭い空間に長時間一緒にいるのは耐えがたい事だ。
 「何でこんな事しなきゃいけないのよ。実際に精霊がいるのかも分からないのに。同じ景色で飽きたわ」
 アデルが誰にと言わず、文句を言い始める。
 ルフェーヌは進行方向を背にして、向かい側に座っているアデルから視線を外して馬車の窓の外へ視線を移す。遠くには連なる山々が見え、自然以外何もない青空と草原の景色が流れている。
 ルフェーヌたちが暮らす風の国、スフェーン国は国土が広く自然豊かな国である。風魔法を使って風車で製粉や灌漑を行い、国の自給自足率を上げている。
 主に農業や酪農が盛んに行われている。そのは品質が高く、国内外で評判になっており、他国と契約を交わし、積極的に輸出を行っている。
 しかしアデルにとっては、何の刺激もないつまらない田舎の国としか思っていない。ルフェーヌは森林浴が好きなため、自然豊かな自分の国を気に入っている。
 「何で退屈な国に生まれてしまったのかしら。王女なのは良いとして、こんな何もない田舎じゃつまらないわ。パイロープ国へ留学した時は楽しかったわ」
 アデルは炎の国、パイロープ国へ留学した時の事を思い出している。
 炎の国、パイロープ国は魔法戦闘力と経済力に力を入れている強国だ。経済の中心となっている城下街は洗練された雰囲気と美しい建築物が多く建ち並び栄えている。
 「ディエゴ王太子殿下が通う学院を選んだけど、早々にご卒業されてて残念だったわ」
 当時のアデルはディエゴと同じ四年制の学院へ留学したが、ディエゴは二年で卒業していたと留学から帰ってきた当時のアデルがルフェーヌへ八つ当たりして騒いでいた。
 現在ディエゴは二十四歳、ルフェーヌは二十三歳、アデルは二十二歳になっている。
 「今回の式典はディエゴ王太子殿下の父王である国王様の代わりを務めるのよ。お姉様はディエゴ王太子殿下をちゃんとご存じかしら。劫火のインフェルノという異名で呼ばれる魔法力も強くて立派な方なのよ」
 アデルが腕と足を組み、目を細めて試すようにルフェーヌを見ている。ルフェーヌは顔を伏せ、何も答えずに風力車の床を見つめる。
 炎の国、パイロープ国の王太子ディエゴは各国の王女をはじめ、女性たちの憧れの男性である。ディエゴは容姿端麗で魔法力も強く、理想の王子だ。
 「ご存じなくても大丈夫よ。お姉様が相手にされる訳がないわ。舞踏会ではいつも壁の肖像画でしょ? 誰にも興味を示されない肖像画」
 アデルは可笑しそうに高笑いをして、先日行われた舞踏会でのルフェーヌを思い出している。ルフェーヌは何も言い返さず黙って風力車の床を見ている。
 「パイロープ国の王太子妃になれたらいいわよね。自慢になるし、こんな田舎じゃなくて都会だし。何より、強国の王太子妃という地位が手に入るのよ! 最高だわ」
 ルフェーヌは視線をアデルへ動かす。
 「なに? 何か文句があるの? 魔法が使えないお姉様が王女をやっている方が神経が図太くて可笑しいことよ。立場をわきまえて」
 ルフェーヌは視線を風力車の床に戻す。ルフェーヌは幼少期から魔法を使えなくなってしまった。
 「お母様が亡くなったのも、お姉様のせいなのよ。王女としていられるだけでも、ありがたいと思いなさいよ」
 まだ親の手がかかる幼少期。王妃であったルフェーヌとアデルの母は病に倒れてしまった。病は回復することななく、ルフェーヌたちの母はこの世を去ってしまった。
 医者によれば心因性の負担も病の原因にあると言っていた。それを聞いたアデルは「お姉様のせい」と決めつけ、何度もルフェーヌへ言葉を投げつけている。
 ルフェーヌはそれ以来、苦手だったが使えていた風魔法が全く使えなくなってしまった。
 伝承では精霊の力を授かり、皆に分け与えると言われている王族が魔法を使えない事はあってはならない事だ。
 ルフェーヌが魔法を使えない事はルフェーヌの家族である父王であるジスランと妹アデル以外には秘密にしている。
 しかしスフェーン国では噂好きの国民が多く、ルフェーヌが魔法を使えないという噂はすぐに広まった。
 ルフェーヌは影で「無能王女」と呼ばれるようになってしまった。
 アデルは変わらない風景に苛立ち、声を荒げる。
 「ねえ、まだ着かないの?」
 アデルが大きくため息を吐き、長い髪の毛を指に絡ませながら不満を零す。
 城を出発して数時間が経っている。風力車は馬車より早い速度で移動できるが、国が定めた法定風速という風速がある。規定以上の風速では走れない。今は御者の運転で法定風速の早さで走っている。
 「風速が遅いのが問題なのよ」
 アデルは自分の風魔法を使い、風力車の風速を速めようとしている。アデルの右手の手のひらに紋章が浮かび上がり、手は緑色の輝きに包まれる。
 「交通違反になるわ」
 ルフェーヌは止めるが、聞く耳を持たない。口が上手く、甘え上手なアデルは父のジスランに溺愛されている。不器用なルフェーヌは甘える事ができない。アデルは適当な事をジスランへ言って、ルフェーヌが代わりに怒られてしまうかもしれない。
 「こんな何もない所で交通事故があるわけないでしょ」
 アデルは手を一回転させて風魔法を使い、追い風で車体を後ろから押して速度を速める。
 「きゃあっ!」
 急に速度が上がり、ルフェーヌは小さい悲鳴を零して窓枠に掴まる。
 法定風速を優に超えて走る風力車は国王であるジスランの風力車を追い越して式典会場がある森へ進んでいった。
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