妹に虐げられて魔法が使えない無能王女は、政略結婚でお飾り王太子妃になるはずなのに俺様王太子に溺愛されています
16.アデルからの手紙
 ルフェーヌが魔法の練習を始めてから数週間後。今日は雲が多く、蒸し暑い日だ。
 ルフェーヌはあれから何度かディエゴと闘技場で魔法の練習をしている。そして今日の午後からもディエゴと闘技場で魔法の練習をする約束をしている。
 昼食を済ませ、部屋で練習用の服に着替えて書物を手に取り魔法の復習をしている。
 部屋の扉がノックされる。ルフェーヌが声をかけると侍女のジョゼが入ってくる。
 「ルフェーヌ様へ手紙が届いているよ」
 ジョゼはルフェーヌへ手紙を手渡しする。ルフェーヌはお礼を言うと手紙を受け取る。封筒はスフェーン王室で使われているものだ。
 「この封筒、スフェーン国からだわ。誰からかしら」
 ルフェーヌは封筒を裏返す。封筒は蝋印で封がされている。蝋印にはバラの花とイニシャルが入っている。
 「……!」
 ルフェーヌはイニシャルを見て、手紙を持つ手がこわばる。この蝋印を使うのはアデルだ。
 「誰からの手紙?」
 ジョゼがたずねると、ルフェーヌは表情を崩さないようにジョゼへ伝える。
 「妹からよ」
 声が固まっているのが自分でも分かる。
 「悪いけど、席を外してくれる?」
 ルフェーヌは一人で手紙を読むため、ジョゼに席を外させた。
 ルフェーヌにとって良くない事が書かれているのは手紙を読まなくても分かる。手紙を読んでいる時、表情に出てしまうのを心配されたくなかった。
 「うん、分かった。何かあったら呼んでよ」
 ジョゼはお辞儀をして部屋を出て行った。
 ルフェーヌは深く大きいため息を吐いて自分を勇気づける。デスクの椅子に座り、封を開けようとする理性と読みたくない本能が混ざり、指に無駄な力を入れて封筒を開ける。
 便箋は二枚入っている。便箋にはアデルの優雅で綺麗な文字が書かれている。ルフェーヌは一枚目を読み始める。

 『親愛なるルフェーヌお姉様。パイロープ国でいかがお過ごしでしょうか? スフェーン国は変わらず素敵な国よ。でも今年の夏は少し暑かったかしら。炎の国のパイロープ国はさぞ暑いでしょうね』

 一枚目には当たり障りのないアデルの近状が書かれている。ルフェーヌは緊張した面持ちで読み進める。
 ルフェーヌは二枚目の便箋に目を通す。ルフェーヌの瞳が大きく目を見張る。丁寧な文体で書かれているが、ルフェーヌと一緒にいる時のアデルの素顔が現れている。

 『お姉様に質問があります。お飾り王太子妃って何をするのかしら? すでにそちらの王城から望む都会的で壮麗な景色は見飽きてしまったかしらね。あたくしはお姉様が王太子殿下に付き従っているか心配しています。お飾りとして王太子殿下のお役に立てるよう、いつまでも何も言わないお人形のように可愛らしくいらしてね』

 ルフェーヌの呼吸が浅くなる。
 お人形ーー。
 お飾りという意味の人形だ。人形は一人で動かない、話さない。そこにいるだけだ。
 アデルはルフェーヌに人形のようなお飾り王太子妃が望ましいと言っている。
 ルフェーヌは数行残っている手紙を読み進める。

 『王太子殿下はお人形を愛でる方かしら。愛でられなくてもガラスケースに入れて部屋の隅にでも置いてくれるでしょう。埃でガラスケースが曇らないといいわね』

 「…………」
 ルフェーヌは手紙を読み、何も言えなくなった。
 そうだ、お飾りの王太子妃だった。ルフェーヌはディエゴと一緒に過ごす日々が楽しくて忘れていた。
 ずっとアデルの心ない言葉を浴びてきたルフェーヌの思考は音属性の影響もあり、アデルの言葉を受け入れやすく、その言葉で傷つきやすくなっている。
 ディエゴと楽しく過ごす数ヶ月では思考を変えるにはまだ足りなかった。
 ルフェーヌはふと部屋の置き時計を見る。ディエゴとの魔法を練習する待ち合わせ時間はとっくに過ぎていた。ディエゴが苛立ちながら待っているのが目に浮かぶ。
 ルフェーヌは慌ててデスクに置いてある書物を手に取った。そしてアデルからの手紙を無意識に書物に挟んで部屋を出た。

 ディエゴはいつもの魔法練習着用の動きやすい服装で苛立ちながらルフェーヌを待っている。
 「ディエゴ様、遅れてごめんなさい!」
 ルフェーヌはエントランスの階段を駆け下りながら謝罪する。
 「おい!」
 ディエゴは声を荒げてルフェーヌを呼び止める。ルフェーヌは驚いて足を止める。
 「階段を駆け下りるな。危ないだろ」
 ディエゴはルフェーヌを一瞥して落ち着いた声で話す。ルフェーヌはディエゴに言われた通り、階段をゆっくり下りてディエゴと合流する。
 「お待たせさせてしまい、申し訳ございません」
 ルフェーヌは深々と頭を下げてもう一度謝罪する。
 「だからといって、慌てて階段を駆け下りるな。お前が怪我したら魔法の練習に行けなくなるだろ」
 ここから練習場所としている闘技場まで距離がある。
 「心配してくれるのですか?」
 「お前、ドジそうだからな。階段を踏み外して俺に受け止められる未来が見える」
 「わたし、そんなにドジですか?」
 「やってやってもいいが、怪我はするなよ」
 ルフェーヌは童話で読んだ王子様がお姫様を抱きとめるシーンをディエゴにやってもらいたいと思ったが、アデルの手紙を思い出して想像を消した。
 「……転ばないように気をつけます」
 ルフェーヌは暗い声で呟く。
 愛されない、お飾り王太子妃のお人形。ルフェーヌはその条件でここに来た。ディエゴとの楽しい日々で忘れていた。

 闘技場へ移動している時はディエゴが先を歩いて、ルフェーヌは数歩遅れてついていった。いつもはディエゴがルフェーヌの手を引いて二人で会話をしながら歩いていたが、今日は離れて無言のまま闘技場へ向かった。
 闘技場へ着き、ルフェーヌは魔法の練習を始める。
 ディエゴと練習を重ねて簡単な風魔法ができるようになった。しかし今日はその魔法もできなくなっていた。
 ルフェーヌは白いハンカチを投げて宙を舞いさせる。そのハンカチを風魔法で落ちないようにできていたが、今日はすぐにハンカチが地上へ落ちてしまう。
 ルフェーヌは白いハンカチを持ち、右手をかざして風魔法でそれを揺らそうとする。ルフェーヌの手のひらにうっすらと紋章が浮かび、手全体がほのかに緑色に光る。ハンカチは一瞬だけ風に吹かれて動くだけだった。
 ルフェーヌは風魔法が使えなくなって落ち込んでしまう。
 できない理由は分かっている。ディエゴが”風のように自由な心が大事”と言っていた。アデルからの手紙を読み、アデルの言葉に影響を受けてしまっている。ルフェーヌはアデルの手紙でさえ影響を受けてしまう自分を悲しく悔しく思う。
 ディエゴはルフェーヌの様子が普段と違う事に気づいていた。しかしここへ嫁いできた当初のように心を閉ざしていては何も聞き出せないと思い、機会をうかがっている。
 「今日は集中力がないな。風魔法ができなくなっている」
 「ごめんなさい……」
 ルフェーヌは風魔法ができなかった事をディエゴに指摘され、地面を見て謝る事しかできない。
 「今日はこれで終了にする。ゆっくり休め」
 ルフェーヌは広げている書物を持ち上げると、何かがひらりと落ちた。
 「ん?」
 ディエゴは落ちた物に視線を向ける。ルフェーヌへ送られてきたアデルの手紙が落ちている。ルフェーヌは書物に挟んで持ってきてしまった事に気づく。
 「スフェーン国の封筒か」
 「だめ!」
 ディエゴが落ちた封筒を拾おうと手を伸ばすとルフェーヌが叫んだ。ディエゴは封筒を拾う手を止めてルフェーヌを見る。
 「……ごめんなさい。わたしに来た手紙だから、わたしが拾います」
 手紙の内容を見られたくないルフェーヌはディエゴに封筒に触れてほしくなかった。
 ディエゴはルフェーヌの言葉に違和感を覚える。
 ディエゴはルフェーヌの言葉を聞かずに封筒を拾い、勝手に開けて手紙を読み始める。ディエゴは差出人に気づくと険しい表情をして「そういうことか」と呟き、手紙を読み進める。
 ルフェーヌは手紙を読まれたくなくて取り返したいけれど、できずに不安げな表情でディエゴを見つめている。
 ディエゴは無言で手紙を読み終えると、嫌悪感をあらわにした表情で手紙を握り潰す。
 「馬鹿な女だ」
 ディエゴは軽蔑した冷たい声で呟くと、手のひらに紋章を赤く浮かび上がらせ、手から赤い炎を出現させると手紙を焼き捨てる。手紙は灰になって風に飛ばされた。
 ディエゴはルフェーヌの腰に手を回し、鋭い視線をルフェーヌに向けると低い声で囁く。
 「ルフェーヌ。お前は俺の女として自覚が足りないようだ。今日は頭が焼き切れるまで囁き倒してやるからな」
 「!」
 ルフェーヌはディエゴの色香を含ませた声で囁かれ、しかも腰に手を回されて顔を赤くする。ディエゴからルフェーヌへ甘い言葉を何度も浴びせられ、またどうにかなってしまいそうだ。

 どのくらい時間が経っただろうか。ルフェーヌはディエゴの声で足の力が入らず、発情したような赤い顔でその場に座り込む。ルフェーヌは音魔法の練習を始めてからディエゴの声で過剰に反応するようになってしまった。
 「今日は特別服が汚れるだろうが、仕方がないな。それとも場所を変えるか?」
 ディエゴはルフェーヌをからかうように笑いながら言葉を続ける。
 「お前が俺の声を騒音遮断(プソポスキャンセリング)できなくて助かる」
 ディエゴはルフェーヌが騒音遮断(プソポスキャンセリング)ができないのではなく、自分に発動しないのを知っている。
 ディエゴは自分にだけ発動しない事を嬉しく思い、優越感を覚える。
 ディエゴはルフェーヌがくだらない過去の事など思い出せないくらい自分で頭がいっぱいになればいいのにと思いながら、色香を含ませた声でルフェーヌへ甘い言葉を何時間も囁き続けた。
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