妹に虐げられて魔法が使えない無能王女は、政略結婚でお飾り王太子妃になるはずなのに俺様王太子に溺愛されています
18.ファータとの出会い
 十年前。ディエゴが十四歳の頃。ディエゴは思春期になり、魔法力が成長と共に大きくなっていった。まだ子供で成長期のディエゴは大きくなる魔法力を制御しきれなく、理由もなく苛立つ事が増えていった。
 その苛立ちは周囲に向いてしまうため、魔法薬を飲んで苛立ちを抑えていた。しかしその魔法薬は苛立ちを抑えると同時に魔法力も抑えてしまうものだった。
 実力主義のパイロープ国で魔法力を抑えるという事とディエゴ自身が強い魔法力を求めているため、ディエゴは魔法薬を飲みたくなかった。

 アルカイオスで行われるエフハリスト式典の日。その日はいつもより苛立ちが酷かった。ディエゴは普段より強い魔法薬を飲んだが効かない。苛立ちを抑えようにも抑えられない。苛立ちが激しく、何がきっかけで炎を撒いてしまうかもしれない。
 ディエゴは父に連れられてやって来た式典後のパーティーをこっそり抜け出した。

 ディエゴは式典のパーティーを抜け出し、静かな森を一人で歩いていると美しい歌声が聞こえてくる。
 その歌声は心にスッと入り込み、苛立ちの炎を消してくれているようだった。ディエゴは歌声の主を知りたくて、森の奥へ進む。
 ディエゴは森の開けた場所に出ると、歌声の主を見つけて草木の間から様子をうかがう。歌声の主は自分と歳が変わらない少女だった。ディエゴにはその少女が森に癒やしを与える美しい妖精のように見えた。
 ディエゴは歌っている少女に声をかけえる。
 「お前、何してるんだ? 名前は?」
 少女は突然声をかけられて驚き、ディエゴの方を振り向く。同じくらいの歳の男の子と分かり、安堵する。
 少女は答えない。ディエゴがいきなり声をかけたからか、驚いて身体こをわばらせている。
 「もしかしてこの森の妖精か? 妖精に名前ってあるのか?」
 少女はディエゴに妖精を言われ、丸く大きな黄緑色の瞳を見開く。少女は自分が妖精と言われるのが信じられない。
 少女は表情を緩め、ディエゴの質問に答える。
 「わたしはルフェーヌ。風の声を聞いていたの」
 ディエゴは風の声と言われても何も分からない。
 「風の声? なんだそれ。人間に見えるが、はやりお前は森の妖精か?」
 「わたし、妖精じゃない」
 ルフェーヌは自分はそんな可愛らしいものではないと首を振って否定する。
 「わかった。スフェーン国の王女か?」
 ルフェーヌは頷く。ディエゴは魔法書に風属性は風の声を聞くことができると書いてあったのを思い出した。
 「ふーん。スフェーン国の王女ってお前なんだ」
 魔法が使えなくて自分に自信がないルフェーヌは不安げな表情をしてディエゴから顔を逸らす。しかし珍しく歳の近い少年に話しかけられて嬉しかったルフェーヌはディエゴの名前を聞きたかった。
 「あなたは?」
 ルフェーヌはディエゴを見て可愛らしい声で名前をたずねる。
 「インフェルノ」
 ディエゴは本名ではなく、インフェルノと答えた。十四歳の思春期のディエゴは本名を名乗るより異名を名乗った方がかっこいいと思い、自分で今考えた異名を名前として答えた。
 「インフェルノ、かっこいいね!」
 ルフェーヌはディエゴの異名を真に受けてディエゴを褒める。ディエゴはルフェーヌに笑顔で褒められ、得意げになる。
 ディエゴはルフェーヌの横へ座り、色々と質問をする。ルフェーヌはディエゴに横へ座られ、戸惑うが離れずにそのままでいる。
 ディエゴは「風の声を聞くとは何だ?」とルフェーヌに聞くと「今日は天気が穏やかで、のどかだねって風が言っているわ」と答える。
 次にディエゴが「何でこんなとこにいるんだ?」と聞くとルフェーヌは「わたし、何もできなくて…。ううん、何でもない」と言いたくなさそうに答える。
 ディエゴはルフェーヌへ先程の歌について質問をする。
 「さっきの歌はなんだ?」
 「風の歌。いま風が吹いているでしょう? それを鼻歌で歌っていたの」
 ディエゴが質問するとルフェーヌは風で揺れている草木の葉を見つめる。
 「風に歌なんてあるんだな。もっと歌ってみろよ」
 ディエゴは風で揺れる草木を見てルフェーヌの感性に感心する。ディエゴは先程のような癒やされる美しい歌をルフェーヌに歌ってほしいと頼む。
 「ええっ!?」
 ルフェーヌは恥ずかしくなり、困って顔を伏せる。ルフェーヌはいつも誰もいない所で歌っているので歌を催促された事がなく戸惑う。
 「お前の歌はそんな安くないってことか」
 「そういう訳じゃないけど。わたし、歌上手くないし、恥ずかしい……」
 ルフェーヌは自分に自信がなく、誰かに聞かせた事がなく恥ずかしがる。
 「歌いたくないから言ってるのか? あんなに美しい歌は聴いたことないぜ」
 「そう、かなぁ」
 ルフェーヌはディエゴに率直に褒められ、照れたように顔を赤くしてはにかむ。
 ディエゴはルフェーヌに質問を続ける。
 「なあ、王女ってことは、もう婚約者とかいるのか?」
 「わたしに、いるわけないわ」
 ルフェーヌはディエゴから視線を外して暗い顔をする。
 「なら俺にしろよ。またお前の歌を聴きたい」
 ディエゴは隣に座るルフェーヌへ距離を縮め、ルフェーヌを戸惑わせる。
 「いいだろ?」
 ディエゴに念を押され、ルフェーヌは戸惑いながらゆっくり頷く。
 「決まりだからな。浮気すんなよ!」
 「浮気って……!」
 ディエゴは嬉しそうにはしゃぐ。ルフェーヌは照れながら言い返す。
 「約束な」
 「うん」
 ルフェーヌは半ばディエゴに強引に約束をさせられてしまったが、ルフェーヌは嬉しくて満面の笑みで頷いた。

 まだ未熟なディエゴとルフェーヌは結婚の約束をして、二人は時間が許す限り、たくさん話をした。
 ディエゴは大人しいルフェーヌに思いつく限りの話題を振った。
 「お前といると不思議と素直に言葉が出てくる。正直に言うと、俺はさっきまで機嫌が悪かったんだ。お前の歌を聴いて話をしていたら、風で飛ばされるように苛立ちがなくなっていったんだ」
 「わたしの歌と会話でーー」
 ルフェーヌは自分の歌が影響を与えているなんて信じられなかった。魔法を使えず、何もできない王女と妹を始め、王室職員から思われている。人の役に立てるのが嬉しかった。
 「歌を聞かれるの照れて恥ずかしいけれど、あなたにならまた歌ってあげるわ」
 風で木々が揺れ、小鳥の声がする。ルフェーヌは自然と一体になったような鼻歌を再び歌い出す。ディエゴは黙って聞いている。

 ルフェーヌはディエゴを見つめ、輝く笑顔で再会したい気持ちを言葉にする。
 「また会えるよね、インフェルノ」
 わかれの時間がやってきた二人は結ばれる未来を夢見て、それぞれの国に帰った。
 ディエゴはこの日以上に心が癒やされる日はなかった。

 ディエゴは何日、何年経ってもルフェーヌの歌声を忘れられずにいた。
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