妹に虐げられて魔法が使えない無能王女は、政略結婚でお飾り王太子妃になるはずなのに俺様王太子に溺愛されています
2.ディエゴ王太子との出会い
 式典が始まり、今年の式典の代表は炎の国であるパイロープ国の王太子、ディエゴが誓辞を読み上げる。
 パイロープ国の国王は体調不良により欠席のため、代わりに王太子のディエゴが代理として参加している。
 「素敵だわ」
 後ろの席に座っている他国の王女がディエゴの誓辞に感嘆する。
 自信に満ちた力強さ、統率する言葉選び。ディエゴの誓辞は年配の王族たちにも響いていた。
 (わたしも自信が持てたらいいな……)
 ルフェーヌは自信に満ちて輝いているように見えるディエゴを羨ましく見つめていた。

 式典は滞りなく終了し、交流会が始まる。各国で交流を深めるのが主な目的となっている。
 テーブルには各国のお茶や茶菓子が用意されている。賑やかな喧噪の声がアルカイオスの自然と溶け合っている。
 その中でも目上の王子と歓談をしているディエゴの周辺が一番賑やかだ。
 ディエゴ・アルジェンテロ。
 髪は黒髪と思うが、暗く深い赤のようにも見える。髪が日差しに照らされると炎のような色で赤く艶めいて見える。
 髪型は前髪を分けて、髪を後ろへ流すようにセットされ、動きがある髪型をしている。
 瞳は燃え尽きない炎のような黄色が混じる赤色をしている。
 身長は百八十以上あり、鍛えられた体躯は力強さを思わせる。
 ディエゴの整った顔立ちは意志が強く、勝ち気な性格をあらわしている。
 ディエゴのがいま着ている礼服は戦いの歴史と深いパイロープ国らしく軍服を思わせる白い礼服だ。
 ディエゴは魔法力が強く、その力は父王をも凌ぐと噂されている。そのためか、ディエゴは”劫火のインフェルノ”という異名を持ち、畏怖の念で呼ばれる事がある。
 魔法力が強く、自信に満ちた王太子、ディエゴは誰もが尊敬、恐怖、憧れる王太子だ。
 王女たちは遠巻きにディエゴを見つめ、感嘆のため息を零して噂をしている。
 「ディエゴ王太子殿下よ。素敵な方ね。お近づきになりたいわ」
 「お声をかけていただけないかしら」
 王女たちはディエゴに声をかけたそうだが、声をかけられないでいる。
 アデルはその様子を眺め、ルフェーヌへ視線を動かす。
 「お姉様がお声をかけてみたらどうかしら」
 アデルは目を細め、からかうようにルフェーヌへ促す。
 「それは……」
 ルフェーヌは口ごもり、ディエゴから視線を外す。
 ルフェーヌは普段からパーティーが始まるとすぐに輪を外れ、他国の王族と交流しようとしない。
 王族だというのに魔法が使えないため、何事にも自信をなくしてしまい、人付き合いが苦手になってしまった。
 ルフェーヌはもう一度ディエゴに視線を移す。ディエゴの自信に満ちた表情は自分と違いすぎる。
 アデルはルフェーヌが自信がなくて声をかけられないのを分かってわざと勧めた。アデルは想像通りの反応をするルフェーヌに満足する。
 「舞踏会の肖像画のようなお姉様には荷が重いかしらね」
 アデルは鼻で笑い、口角をつり上げて笑う。ルフェーヌは表情を暗くする。
 「いいわ。あたくしがディエゴ王太子殿下のお時間をいただくわ」
 ディエゴが目上の王子との歓談が終わったのを見計らってアデルがディエゴへ声をかけにいく。
 ルフェーヌは離れた所で他国の王女たちに紛れてアデルがディエゴへ優雅な所作で挨拶をしているのを見ている。
 「風の国、スフェーン国のアデル様よ。お美しいわね。なんて華やかなのかしら」
 「ディエゴ王太子殿下とアデル様、お似合いすぎて言葉がありませんわ」
 他国の王女たちが姉であるルフェーヌが近くにいる事に気づかず、アデルを褒め称えている。
 容姿端麗なディエゴとアデルは並んでいるだけで周りの雰囲気を華やかにしている。
 ルフェーヌは普段ならば早々にパーティーの輪を外れて、壁際で社交を楽しむ人々を大人しく見ている。今回は離れずにその場にとどまり、ディエゴとアデルの様子をうかがっている。
 ルフェーヌはアデルがディエゴへ話している様子を凝視していると、ディエゴと目が合う。
 「!!」
 ルフェーヌはディエゴと視線が合うとは思わず、目を見開いて驚く。
 「へぇ……」
 ディエゴはルフェーヌを見てニヤリと口角を上げて笑い、ルフェーヌ頭のてっぺんからつま先まで熱を含ませた視線を送る。
 小さく呟かれたディエゴの声がルフェーヌの耳に届く。ディエゴの艶っぽく色香を含んでいるように聞こえたルフェーヌは一瞬で顔に熱を帯びさせ真っ赤にする。
 ディエゴはアデルの挨拶を聞いていたが、視線が合ったルフェーヌの方へ歩き出す。アデルは慌ててディエゴを制止する。
 「ディエゴ王太子殿下、どちらへ? え……?」
 アデルはディエゴが向かう先に驚き唖然とする。
 ディエゴはアデルの制止の声を気にすることなくルフェーヌの元へやってくる。
 「以前、お会い致しましたね。私のことを覚えていらっしゃいますか?」
 ディエゴがルフェーヌに声をかける。周りにいる他国の王女たちはルフェーヌへ視線を移す。
 ディエゴからの視線。他国の王女たちからの視線。唖然とするアデルからの視線。
 ルフェーヌは一度に大勢の視線を集めてしまい、居心地を悪くする。
 「失礼致しました。申し訳ございません」
 ルフェーヌはディエゴを凝視して不快にさせてしまった思い、謝罪する。
 アデルは早足にルフェーヌとディエゴの元へやって来ると、ルフェーヌへ声をかける。
 「お姉様、何をしていらっしゃるの? あたくしとディエゴ王太子殿下は大切なお話をしているのよ。用件は後でお願いーー。お姉様、お顔が赤いわよ?」
 「……そうかしら? 何でもないわ。気にしないで」
 ルフェーヌは顔が赤いのを指摘されて焦る。
 「わかったわ。ディエゴ王太子殿下に声をかけていただいたからお顔が赤いのね。お姉様ったら、男性を見ればそうやって気を持たせるような事をするのはお止めになった方がよろしくてよ」
 アデルは呆れたようにルフェーヌへ注意する。アデルは遠回しにルフェーヌは男性にならば誰にでもこのように顔を赤くして気を引こうとすると言っている。
 アデルがいつもの意地悪い言葉をルフェーヌへ言ったのは、ディエゴがルフェーヌに声をかけたのに加え、ルフェーヌが嬉しそうな表情をしているのが気に入らないからだ。
 声をかけられずにいた王女が大勢いたなか、ルフェーヌが声をかけられた。アデルの高慢な自尊心と承認欲求が傷ついた瞬間だった。
 しかしアデルの言葉はルフェーヌに届いていない。
 ルフェーヌはアデルの言葉が気にならないくらい鼓動を激しくさせ、ディエゴをうっとりと見つめている。
 (なんでこんなにドキドキするの?)
 ルフェーヌはディエゴの色香を含んだ声が熱を帯びて自分を求めているように感じる。
 ルフェーヌはディエゴへ一言でも言葉にしたかったが、何も言えずに視線をそらすしかできなかった。
 「ルフェーヌ様は社交的でいらっしゃるのですね。……俺からの誘いを待っているのか?」
 「あ、あの……」
 ルフェーヌは待っているのかと淡い本心をたずねられ、さらに顔に熱が帯びる。
 アデルの表情が一瞬険しくなるが、すぐに元の美しい表情に戻す。当然、自分が誘われると思い込んでいるアデルは即座に反論する。
 「ディエゴ王太子殿下。お姉様は舞踏場の壁にある肖像画のように佇んでいる方よ。どこでも華を添えられるあたくしの方がふさわしいわ」
 舞踏場に肖像画などない。アデルは社交場でのルフェーヌの過ごし方を壁の花という、男性から相手にされない女性の意味を持つ言葉を引用してルフェーヌをそしるために例えて言っている。
 ディエゴは視線だけを動かし、アデルを見下ろしながら先程とは違う低い声でハッキリと言った。
 「お前に聞いていない」
 「なっ!」
 アデルは美しい表情から不機嫌を露わにして表情を崩す。
 美しく社交的なアデルは男性からいつも好意的な答えをもらっている。ディエゴからも当然良い答えが返ってくると思っていた。
 ルフェーヌも人当たりが良かったディエゴのハッキリとした物言いに驚いて目を丸くする。
 ディエゴが言い放った言葉は反論を許さない冷たさを持っている。アデルは言い返したそうだが、返す言葉がなかった。
 「それで、答えは?」
 ディエゴは何事もなかったようにルフェーヌへ返事を催促する。
 ルフェーヌはアデルへの言い方とは違い、優しく色香を含む声に驚く。なぜ態度がこんなにも違うのだろう。
 普段はアデルが男性に声をかけられるが、ルフェーヌは声をかけられない。ルフェーヌはいつもと逆の状況にどうしたらよいか分からず、狼狽している。
 ディエゴがもう一度催促の言葉をルフェーヌへ伝えると、ルフェーヌはゆっくり頷く。
 「……はい」
 ルフェーヌは顔を赤らめて、消え入りそうな声で答える。ディエゴの声はルフェーヌへ肯定を答えさせる色香を含ませている。ルフェーヌは肯定するしかなかった。
 「ディエゴ王太子殿下、無理矢理言わせるだなんて酷いわ。あまりお姉様をいじめないでくださる? お姉様は男性との会話が苦手なのよ。男性だけじゃなくてお姉様は魔法も苦手よね、苦手ではなくて魔法を使えなかったわね。あたくしは美しい風の魔法も優美な社交性も兼ね備えています。あたくしならいくらでもディエゴ王太子殿下のお相手をできますわ」
 アデルはディエゴを得意げな眼差しで見つめ、彼との距離を詰める。
 周りの王女たちがざわめく。伝承では精霊から授かった力を皆に分け与える王族が魔法を使えないという事はあってはならない事だ。王女たちは懐疑的な目でルフェーヌを見つめる。
 「…………」
 ルフェーヌは押し黙る。自分の国では王室の判断で公には伏せられているが、ルフェーヌが魔法を使えない事は国中で噂されている。しかしルフェーヌが魔法を使えない事は他国まで広まっていない。
 逃げ出したい気持ちに落ち潰される。しかし今逃げれば認めたとアデルが言葉を加えるだろう。
 昔から想定していた事が起こってしまった。こうなるのが嫌でルフェーヌは社交界でいつも壁を背にして立っている。ルフェーヌは表情を暗くして顔に影を落とす。
 ディエゴは低い声色を変えずに不機嫌な感情を加えてアデルへ言い放す。
 「俺が言ったことが分からないのか? お前に聞いていない。黙っていろ」
 予想外のディエゴの言葉にルフェーヌは顔を上げてディエゴの顔を見上げる。
 アデルの表情は不機嫌を超えて怒りを露わにしている。
 「王太子殿下はあたくしに対する礼儀がなっていないのね。あたくしへの態度を改めるなら、またお相手してあげてもよろしくてよ。出直していらっしゃい」
 アデルは激怒しているが、感情を抑えた声でディエゴへ言うとこの場を離れた。
 場の雰囲気にいたたまれないルフェーヌはディエゴへ謝罪する。
 「妹の失礼な態度をお詫び申し上げます。普段はもう少し落ち着いているのですがーー」
 「あんな言われ方をした相手をかばうな」
 ルフェーヌはディエゴに優しくとがめられ、俯く。ルフェーヌ自身もアデルの言われ方にいい気分ではない。しかし幼少期の頃から言われ慣れてしまったのと気が弱いルフェーヌが頑張って言い返しても気が強いアデルが何百倍で言い返してくるので、いつの日か言い返すのを止めてしまった。
 「あの女のせいで雰囲気が悪い。場所を変えるぞ」
 ディエゴはルフェーヌへ手を差し出し、どこかへ連れ出そうとしている。ルフェーヌは差し出された手を取れないでいる。
 「あの、わたしと一緒にいていいのですか?」
 ルフェーヌは周りを見渡す。周りには自分より美しく素敵な王女たちがディエゴを見つめている。
 「誰と一緒にいようが、俺の勝手だ。お前は俺と一緒にいたいと返事をしただろ」
 ルフェーヌはまだディエゴの手を取るのをためらい、視線を泳がしている。
 「俺に恥をかかせるな」
 ディエゴはいつまでも自分の手を取らないルフェーヌに小声で拒否を選択できない言葉をかける。
 「はい……」
 ルフェーヌは緊張して震える手をディエゴが差し出す手の上に乗せる。ディエゴはその手をしっかりと握る。
 「行くぞ」
 ディエゴは口角を上げて優しくルフェーヌへ声をかけると歩き出す。
 ルフェーヌはディエゴに手を引かれ、交流会の会場から離れて森へと入っていく。
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