妹に虐げられて魔法が使えない無能王女は、政略結婚でお飾り王太子妃になるはずなのに俺様王太子に溺愛されています
22.ファータとインフェルノ
 ルフェーヌはディエゴが炎魔法で出したたき火を見つめていると、ある記憶が蘇ってきたーー。

 少年ディエゴと式典で出会った同じ年の夏。
 十三歳のルフェーヌは学園の長期休暇で自分の時間を過ごせる時は王城近くの森へ行き、一人で過ごしていた。
 一人で森にいると落ち着く。静かな森は遠くから鳥の鳴き声が聞こえる。風でかすかに木の葉が揺れる音を感じる。天気が良い日は木漏れ日を見るのが好きだ。
 ルフェーヌはこの時だけは王女である事、魔法が使えない事、妹の事、全てを忘れて自由になれる時間だった。
 今日はやけに暑かった。直射日光が強く地上へ降り注ぎ、森の中はいつも涼しいはずなのに思った以上に暑かった。
 森の中でぼんやり過ごしているといつの間にか陽が暮れていた。辺りが暗くなり始めている。
 ルフェーヌは城へ帰ろうと思い、立ち上がると風に乗って焦げ臭い匂いを感じる。何かが燃えている匂い。たき火をして誰かが近くにいるのだろうか。しかし辺りには人の気配はない。
 帰り道の方が明るくなっているのが見える。不思議に思い、帰り道を行くと辺りは炎に包まれていた。山火事だった。
 「えっ? なにこれ!」
 ルフェーヌは驚いて来た道を戻るが、山の上に逃げても城へは帰れない。ルフェーヌは運悪く、帰り道を塞がれてしまった。山火事から逃げるために山を登るしかない。しかし道もない山を闇雲に登っても遭難するだけだ。
 ルフェーヌは火の手から逃げて山の上へ登っているうちに辺りは炎の明かり以外なくなった。
 ルフェーヌがどうしようと迷っているうちに火の手が迫ってくる。炎は次々と木々に燃え移っていく。
 (どうしよう……!)
 ルフェーヌはとにかく逃げようと、慌てて火の手のない方へ走った。
 「……っ! いたいっ!」
 ルフェーヌは木の幹に躓き、捻挫をしてしまった。足が痛くて走れない。ルフェーヌに火の手が迫ってくる。
 ルフェーヌはこのまま動けずに炎に飲まれてしまうのを覚悟した。
 ルフェーヌは火の手が迫ってくるのを見つめていると、その中で人影のような何かが動いているのが見えた。人なわけがない。こんな火事の中、誰が助けに来られるというのだろう。
 しかしその人影らしきものはルフェーヌの方へ近づいてくる。
 「ルフェーヌ!」
 少年のような声がルフェーヌを呼ぶ。ルフェーヌはこの声に聞き覚えがあった。
 「ここです! わたしはここです!」
 ルフェーヌが叫ぶと人影は炎の中にも関わらず、こちらへ向かってくる。
 「!!」
 ルフェーヌは目を見開き、口を塞いで驚く。燃え盛る炎の中を何事もないかのように平然としてルフェーヌへ駆け寄ってくる。ルフェーヌは近づいてくる人影に信じられずに息を飲んだ。その人影は全く燃えていない。
 「ルフェーヌ!」
 人影の主が炎の中から現れる。その人影の主はディエゴだった。
 「大丈夫か?」
 ディエゴはルフェーヌへ駆け寄り、声をかける。
 「足をくじいてしまって……」
 ルフェーヌはくじいてしまった足に視線を送る。
 「俺がいるから安心しろ。俺がお前を守ってやる」
 ディエゴは手のひらを赤く光らせて紋章を浮かび上がらせると迫る炎を右腕でなぎ払い、、一瞬で鎮火させた。火事の炎は消えて大きな道ができていた。
 「すごい……」
 「帰るぞ」
 ルフェーヌは感心していると、ディエゴにお姫様抱っこをされる。
 「きゃっ! おろして!」
 ルフェーヌはお姫様抱っこをされるのが恥ずかしくて抵抗する。
 「歩けないんだろ。大人しく俺に掴まっとけ」
 ルフェーヌは観念してディエゴにお姫様抱っこされる事にした。

 ディエゴは鎮火した山をルフェーヌをお姫様抱っこしながら下りていく。ルフェーヌはディエゴにしがみつきながらまだ所々に残っている火を見ている。
 「インフェルノ、どうしてここに? なんで炎の中から……」
 どうしてディエゴがここにいるのか、どうして激しい火事の中を物ともせずここまで来られたのか、ルフェーヌは頭が混乱している。
 「後で教えてやるよ」
 所々残っている火はディエゴが通り過ぎると一瞬で消えた。
 ルフェーヌはディエゴの首に腕を回してしがみつく。
 「インフェルノ、わたし怖くないわ。インフェルノと一緒なら何も怖くない」
 ルフェーヌはディエゴへさらに抱きつく。焦げ臭い匂いが鼻につく。
 ルフェーヌはディエゴが消した山火事を見る。黒く焦げ付いた木々、灰になった草花。小さな残り火は勢いを失い、ディエゴが通り過ぎると消えた。
 ルフェーヌはディエゴを見上げる。少年の顔つきなのに、大人のように頼もしく見える。
 大きく強靱な炎と残り火のような小さな炎。その小さい炎は強靱な炎へ敬服して頭を下げて消えたように見える。ルフェーヌはディエゴの強靱な炎に守られているように錯覚する。
 「あたたかい」
 ルフェーヌはディエゴへ身体を預けてディエゴの体温を感じる。ルフェーヌはこのあたたかさがずっと自分を守ってくれるような、そんな気がした。

 ディエゴはルフェーヌを無事に助け出すと、森へと入る城の入り口付近でディエゴの執事、オレリアンとスフェーン国の救助隊や医者が待機している。
 駆けつけた救助隊と医者にルフェーヌを任せると、ルフェーヌは担架に乗せられて医務室へ運ばれる。
 「よくご無事で」
 オレリアンは安堵した表情でディエゴに声をかける。
 「俺を誰だと思っている。炎の国、パイロープ国の王太子、ディエゴだ」
 (インフェルノはパイロープ国の王太子、ディエゴさま……)
 ルフェーヌは担架で運ばれる途中、ディエゴの本名が耳に入る。ルフェーヌはそれがインフェルノの本名と知り、弱々しく微笑む。
 「インフェルノ、ありがとう……」
 ルフェーヌは担架で運ばれながらディエゴへお礼を伝えると、朦朧とする意識を失った。
 ディエゴが山火事の炎をほぼなぎ払ったおかげで、消火活動は迅速に進み、終了した。

 山火事の原因は異常気象による、自然発火だった。今年は例年に比べ、気温が高い日が続いていた。雨もほとんど降らず、空気は乾燥していた。自然発火の条件が揃い、発火してしまったようだ。
 王城の近くで山火事が起こったが、王城の被害はない。火の手は王城へやってこないからだ。風の国である、スフェーン国は風向きを変えて火の手の進路を調整できる。
 火の手の進路を調整はできるが、消火する事はできない。炎に風を送ってしまい、余計に火の手を大きくさせてしまう。
 消火活動が難航していると、ディエゴが消火活動の協力を申し出てくれた。
 ディエゴは長期休暇を利用して、スフェーン国へオレリアンとパイロープ国の王城職員と共に「風がもたらす生産性」について学びに来ていた。
 そこでたまたま山火事の知らせを受けて、消火活動に協力しようと城に駆けつけるとルフェーヌが山に取り残されている事を聞いて助けに向かった。

 ディエゴはルフェーヌの事情を聞くと挨拶をしないまま、帰国をした。
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