白い結婚2年目に白ネコになったら、冷血王と噂の旦那様との溺愛生活がはじまりました

本編


1回表 sideユリア

 夜、王城の離れにて。
 王妃の部屋の窓辺に立ち、天にいる最高神へと向かって、日課である祈りを捧げていた時のこと。

「ユリア、今日も祈りか?」

 背後から低い声が聞こえてきたので、急いで振り返る。

「あ」

 立っていたのは、長身痩躯の美青年。
 紫がかった黒髪に、紫水晶(アメジスト)の瞳の持ち主だ。
 彫りの深い顔立ちと筋骨隆々とした体躯は、いかにも武人といった出で立ちだが、政治の手腕も高いと評判であり知力にも長けた人物でもある。
 他国にも自国にも「冷血王」と呼ばれる彼は、セルツェ国の若き王であり、私の夫だ。
 騎士時代の名残であろう、黒い軍服に身を包み、王家の紋章の施された剣を腰に下げている。
 紅い絨毯の上、カツカツと軍靴を鳴らし、こちらに近づいてきたかと思うと――化け物だと評されることも多い、白い髪をひと房掴んできた。

「ヴぁ、ヴァレンス様におかれましては……」

 相手の放つ威圧感に、声が勝手に震えてしまう。

「ご機嫌麗……」

「ユリア、慣れない口上を使って、俺の機嫌を取る必要はない」

 一刀両断されてしまい、私はびくりと反応した。
 
「修道女時代の癖がまだ抜けないようだな」

「あ……ご、ごめんなさ……」

「理由もないのに謝る必要もない」

 私はといえば、ますます体を縮こまらせてしまった。
 彼の側面にある鏡にたまたま私自身の姿が映っていたのだが、室内のランプの灯りも相まって、血のように揺れているではないか。

(彼の言う通り、数年前までは修道女として過ごしていた。そんな田舎娘の私を、ヴァレンス様は叱りに来たのだわ)

 しゅんと項垂れていると、相手がこれみよがしに嘆息してくる。

「ユリア、お前というやつは、本当に……」

 そうして、彼が私の髪に口づけを落とした後、自身のサラリとした黒髪をかき上げながら告げてきた。

「お前は俺の妃となり、この国の王妃になったんだ。もっと堂々と振舞うと良い」

「はい、主君であり夫君であるヴァレンス様の仰せの通りに……」

 すると、彼がすっと離れた。

「俺は今晩も執務で忙しい。それでは」

「あ」

 彼の広い背を見送りながら、私はそっとため息を吐いた。

(今日も彼は私に手を付けようとはしない。仕方ないわね、愛のない結婚、神の託宣で決まった夫婦でしかないもの)

 近年、「魔力持ち」が稀少になってきている。
 元は魔力持ちが多い王家だったが、近年生まれてくる王族たちが引き継いだ力はごくわずかなものであり、この数代で王族の権威が揺るぎはじめていた。
 そこで白羽の矢が立ったのが、魔力持ちの若い娘である。
 
(辺境の村で修道女として暮らしていた私は、たまたま魔力持ちで、国教の託宣で選ばれたのが私だった)

 王国の治世を盤石なものとするために、当時王太子だったヴァレンス様の元に私は嫁ぐことになったのだ。
 修道女から還俗させられ、妻としての務めを果たさなければならないと覚悟を決めていたけれど……

(愛のない政略的な結婚だったせいか、ヴァレンス様が私に手を出してくることはなかった)

 そうして、子どもに恵まれないまま結婚二年の月日が経とうとしている。
 そんな中、ヴァレンス様が側室を娶ってはどうかという話を、私はたまたま耳にしてしまったのだ。

(それも、ヴァレンス様が幼少の頃から親しくしているご令嬢をと……)

 悪い想像はどんどん膨らんでいく。

「あ……ヴァレンス様……」

 部屋の下、王城にある執務室に帰っていくヴァレンスの姿を見つけた。
 たまたま彼に黒猫がすり寄っていく。
 冷血王と評される彼だが……

「今日もお前は一人か?」

 彼がそっと黒猫を抱きしめた。
 冷血王の名にはふさわしくない柔和な笑顔を浮かべているではないか。
 そんな彼の姿を見て、私の胸はきゅうっと疼く。

(ヴァレンス様が名前の通り、本当に冷血な方でいらっしゃれば、こんなに悪い想像はしなかったかもしれないのに……)

 彼の優しい一面を知ってしまったがゆえに、側室が出来るかもしれないことで、胸が苦しくて仕方がない。

(きっと、最初から噂の令嬢と結婚したかったに違いないわ。二年間、私に手を出さずに操を立てていらっしゃるのですもの)

 冷血だと噂のヴァレンス様。
 だけれど、愛する女性に対してだけは……

 あの猫に向けたような、柔和な笑顔を浮かべたり、優しい言葉を掛けたりするのだろうか?

「私も猫に生まれることが出来たなら、こんなに苦しい思いはしなくて良かったのかしら?」

 夜に考え事をすると、どんどん暗くなってしまう。

「もう寝ましょう」

 一人で眠るには広いベッドへと向かう。
 側室の件の話など微塵も出してこない夫のことをくよくよ考えるのをやめるためにも、私は床に就いたのだった。



*** 



 翌朝。

 眩い太陽で私は目を覚ます。

「ふにゃあ」

 少しだけ間の抜けた欠伸をしてしまう。
 そっと口に手を当てると、ふにゅんと鼻先が濡れているではないか。
 
(ん? なんだかいつもと様子が違う?)

 誰か人を呼ぼうとしたのだけれど……

「にゃあ」

 なぜかおかしな声が出る。

(そう言われれば、なんだかベッドがやたらと広いような?)

 服もダボダボだ。
 ふと自身の体を見て愕然とする。

「にゃ、にゃ……?」

 なんと、真っ白な体毛に包まれているではないか……!

(いったいぜんたい、何が起こって!?)

 混乱した頭のまま、しゅるりとシーツの合間を抜け、全身鏡の前へと向かう。

 そこに映っていたのは……

「にゃ、にゃ、にゃ、にゃ、にゃ~~~~~!!!?」

 神の悪戯か。

 目覚めた私は、白猫の姿になっていたのだった。




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