雲より高く、君を守る―ハイスペ社長と遺跡デザイナーの極上溺愛譚
【第二十章 月下の誓い】
月は、完璧な円だった。空に浮かぶその光は、まるで何かを“見届ける”ために用意された灯のように、ビルの谷間を越えて高く澄んだ夜空を照らしていた。
東京・港区。広田グループ本社ビルの屋上ガーデンには、真夜中とは思えないほど穏やかな風が吹いていた。周囲の喧騒はすでに眠りにつき、聞こえるのは遠くを走る車の音と、時折葉の隙間をすり抜ける風の音だけだった。
結莉は、新装ホールのガラスの扉を開け、そっと中へ足を踏み入れた。今夜、千景から「ふたりだけの内覧会」とだけ伝えられた。誰もいないホール。そこに彼が待っていると分かっていても、この空間に足を踏み入れるのは、なぜか少しだけ緊張した。
内部は、まるで夢の中の空間だった。天井まで届くガラスのドーム。その下には、あの草原の石碑にインスパイアされた柱とアーチ。光沢を抑えた白と青のタイルが、足元に満ちるように敷き詰められている。人工の照明は落とされ、室内を照らしているのは、ただ天井から差し込む満月の光だけだった。
中央に、ひとりの人影が立っていた。スーツではない。今夜の千景は、深いブルーのシャツに身を包み、ネクタイもせず、どこか少年のような雰囲気を纏っていた。
「……来てくれて、ありがとう」
その声に、結莉の胸が少し跳ねた。何度も聞いてきたはずの声なのに、今夜は特別に感じる。
「この場所、見てほしかった。僕たちが築いてきたものの、象徴として」
結莉はゆっくりと歩を進め、千景の隣に立つ。天井のガラスを見上げると、そこには満月がぴたりと重なっていた。あの観覧車の夜と同じ――いや、それ以上に、心が透き通るような光景だった。
「ここには、ひとつだけ仕掛けがあるんだ」
千景が静かに言って、手を上げる。指先が空をなぞった瞬間、ホールの四方の壁に、かすかに彫られていたレリーフがゆっくりと浮かび上がった。月光を反射する特殊な加工。そこに現れたのは、あの石碑に刻まれていた言葉。
“二つの心が天に届く時、未来は守られる”
その言葉を見た瞬間、結莉は思い出した。モンゴルの草原で見上げた空、地下通路で拾った石のかけら、涙で曇った屋上の視界……すべてが、この言葉に辿り着くためにあったのだと。
千景は、そのまま懐から小さな箱を取り出した。今度は、名刺のようには差し出さない。ゆっくりと、両手で包むようにして、彼女の前に差し出す。
「これは、ずっと前から用意してた。君に手渡せる日が来るまで、どれだけのことを乗り越えなきゃいけないか分かってたから」
箱を開けると、中にはリングがあった。金でも銀でもない、どこか青みがかった白磁のような質感。そして、中央には――あの“守護”の文字が刻まれた石片が、極小にカットされ、埋め込まれていた。
「君となら、どんな未来も守れるって思えた。だからこれは、“永遠”じゃない。“続いていく選択”の証として、受け取ってほしい」
結莉は、気づいたときには頷いていた。涙が頬をつたう。でも、その涙は悲しみのそれではなかった。
「はい……ありがとう。私も、選びます。あなたと、“守る未来”を」
千景が、そっと彼女の手を取り、指輪をはめた。
その瞬間、ガラス天井から差し込む月光が、まるでふたりを包み込むように照らした。夜空と、都市の灯りと、そして静かな誓いが、そこにひとつの“光”を生んだ。
千景は結莉を抱き寄せ、耳元で囁いた。
「君がいる限り、未来はいつも反転して、光になる」
結莉は、微笑みながら目を閉じた。
未来はもう、ふたりの手の中にある。
――完。
東京・港区。広田グループ本社ビルの屋上ガーデンには、真夜中とは思えないほど穏やかな風が吹いていた。周囲の喧騒はすでに眠りにつき、聞こえるのは遠くを走る車の音と、時折葉の隙間をすり抜ける風の音だけだった。
結莉は、新装ホールのガラスの扉を開け、そっと中へ足を踏み入れた。今夜、千景から「ふたりだけの内覧会」とだけ伝えられた。誰もいないホール。そこに彼が待っていると分かっていても、この空間に足を踏み入れるのは、なぜか少しだけ緊張した。
内部は、まるで夢の中の空間だった。天井まで届くガラスのドーム。その下には、あの草原の石碑にインスパイアされた柱とアーチ。光沢を抑えた白と青のタイルが、足元に満ちるように敷き詰められている。人工の照明は落とされ、室内を照らしているのは、ただ天井から差し込む満月の光だけだった。
中央に、ひとりの人影が立っていた。スーツではない。今夜の千景は、深いブルーのシャツに身を包み、ネクタイもせず、どこか少年のような雰囲気を纏っていた。
「……来てくれて、ありがとう」
その声に、結莉の胸が少し跳ねた。何度も聞いてきたはずの声なのに、今夜は特別に感じる。
「この場所、見てほしかった。僕たちが築いてきたものの、象徴として」
結莉はゆっくりと歩を進め、千景の隣に立つ。天井のガラスを見上げると、そこには満月がぴたりと重なっていた。あの観覧車の夜と同じ――いや、それ以上に、心が透き通るような光景だった。
「ここには、ひとつだけ仕掛けがあるんだ」
千景が静かに言って、手を上げる。指先が空をなぞった瞬間、ホールの四方の壁に、かすかに彫られていたレリーフがゆっくりと浮かび上がった。月光を反射する特殊な加工。そこに現れたのは、あの石碑に刻まれていた言葉。
“二つの心が天に届く時、未来は守られる”
その言葉を見た瞬間、結莉は思い出した。モンゴルの草原で見上げた空、地下通路で拾った石のかけら、涙で曇った屋上の視界……すべてが、この言葉に辿り着くためにあったのだと。
千景は、そのまま懐から小さな箱を取り出した。今度は、名刺のようには差し出さない。ゆっくりと、両手で包むようにして、彼女の前に差し出す。
「これは、ずっと前から用意してた。君に手渡せる日が来るまで、どれだけのことを乗り越えなきゃいけないか分かってたから」
箱を開けると、中にはリングがあった。金でも銀でもない、どこか青みがかった白磁のような質感。そして、中央には――あの“守護”の文字が刻まれた石片が、極小にカットされ、埋め込まれていた。
「君となら、どんな未来も守れるって思えた。だからこれは、“永遠”じゃない。“続いていく選択”の証として、受け取ってほしい」
結莉は、気づいたときには頷いていた。涙が頬をつたう。でも、その涙は悲しみのそれではなかった。
「はい……ありがとう。私も、選びます。あなたと、“守る未来”を」
千景が、そっと彼女の手を取り、指輪をはめた。
その瞬間、ガラス天井から差し込む月光が、まるでふたりを包み込むように照らした。夜空と、都市の灯りと、そして静かな誓いが、そこにひとつの“光”を生んだ。
千景は結莉を抱き寄せ、耳元で囁いた。
「君がいる限り、未来はいつも反転して、光になる」
結莉は、微笑みながら目を閉じた。
未来はもう、ふたりの手の中にある。
――完。