孤高の黒皇帝は、幼児化した愛しの聖女に気づかない ~白い結婚かと思いきや、陛下の愛がダダもれです~
第一章 大聖女は初夜に失敗する

 溶け残った雪を月光が照らす春の夜。

 薪がはぜる音だけが響く部屋で、私――オディリア・ブルームはひとり、ベッドの端に座って〝その時〟を待っていた。

 ひざの上で重ねた両手が小刻みに震えている。ギュッと握りしめた瞬間、ガチャリとドアノブが音を立てた。
 弾かれるように立ち上がってすぐ、開いた扉からひとりの男性が姿を現した。

 すらりとした長身で、ガウンから覗く胸や腕は鍛え抜かれており、長年にわたり剣を握って戦ってきたことがうかがい知れる。

 たくましい体つきとは逆に、長い首から上は繊細な彫刻整った顔があった。
 スッと通った高い鼻梁、薄い唇。きりりと横に伸びた眉。切れ長の二重まぶたには、琥珀をはめ込んだような黄金色の瞳が輝いている。漆黒の髪と相まって、神秘的で人を寄せつけない空気があった。

 彼はこのウィーダー帝国の新皇帝、ルナルド・ヴィーダー陛下だ。

 湯あみを済ませた後なのだろう。昼間見たときは後ろに流されていた髪が、今はしっとりと濡れて波線を描いている。匂いたつほどの色香にくらくらとめまいがしそうだ。

 私はくぎ付けになった目を剥がすようにして、顔を伏せた。

「待たせたな」 
「い、いえ……」

 畏怖と緊張で言葉が続かない。沈黙の合間に、暖炉のパチパチという音が響く。

「待ってなどいない……か。それも当然だな。大聖女なのに俺のような男に嫁がされたのだからな」
「いえっ、そのようなことは――」

 慌てて否定しようと顔を上げたら、思いきり目が合った。端正な顔に表情はなく、喜怒哀楽のどれもうかがえない。

「災難だろうが、皇后の務めは果たしてもらわなければならない」
「……はい」

 短い返事がかすれた。

 私は数時間前、彼と結婚の誓いを立ててこの国の皇后となった。やらなければならない第一のことは、皇帝の血統を残すこと。すなわちこの初夜をしっかり務めろということだ。
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