孤高の黒皇帝は、幼児化した愛しの聖女に気づかない ~白い結婚かと思いきや、陛下の愛がダダもれです~
第二章 大聖女の受難

 急遽決まった皇帝陛下の訪れに、こうしてはいられないと急いでバラ園を出た。

 淑女たるもの決して小走りなどになってはいけない。いついかなるときも優雅な姿勢を崩してはならないと、幼少から叩き込まれてきた。教皇様は私に神聖力の使い方だけでなく、淑女としての立ち居振る舞いを身につける教育も与えてくれた。

 エルマを引き連れてしずしずと長い廊下を歩いていく。

 赤いじゅうたんの敷かれた廊下の壁には、歴代の皇帝をはじめ、皇后やその子ども達の肖像画が掛けられている。
 いつもなら、まるでじっと見られているようで落ち着かない気持ちにさせられるけれど、今はそれどころでははい。

「オディリア様、入浴とお食事はどちらを先にいたしますか」
「入浴にするわ。夕食は……厨房に軽食をお願いしておいて」

 食事なんて喉に通る気が全然しない。けれど、もしかしたら陛下が何か軽くつまみたいというかもしれない。そのときのために小さなサンドイッチや焼き菓子などを用意しておきたい。

「夜着はいかがいたしましょう。前回と同じものをご用意いたしますか?」

 前の夜着が体のラインを拾いすぎて恥ずかしかったことを思い出し、顔が熱くなる。

「いえ、別のものでお願い。もう少し、こう……生地が厚くてふわっとしたデザインのものがあればいいのだけど」
「承知いたしました」

 しばらくすれば先触れの使者が来るだろう。使者に預ける返事の手紙も用意しておかなければならない。

 基本的に皇帝が皇后や側妃と共寝する際は、相手の部屋へ足を運ぶ。その前に先触れの手紙を出し、それに妃側が返事をするのがしきたりだ。
 こちらから皇帝の部屋に直接行くことはないため、私は広い王宮内のどこに陛下の部屋があるのかも知らない。

 こまごまとした決め事をエルマと話ながら廊下を歩いていたら、前からやってくる人影が見えた。
 代々皇帝に仕える有力貴族のひとり、ブルックリー侯爵だ。
 顔を合わせるのは婚礼の儀以来だ。相変わらず神経質そうな細面に、長いあごひげを生やしている。

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