君と描く最後のページ
千景side____教室
――教室。
昼休みのざわめきの中、窓際の席に座った千景は、手元のノートを開いたまま、じっと一点を見つめていた。視線の先には、机に走り書きされたほんの小さな文字。「美桜」と書かれている。それは、数日前に――彼女が倒れる直前まで笑って残していたものだった。
「……バカだなぁ、美桜」
心の中で呟いても、もう返事は返ってこない。いつもなら「え?なに?」と無邪気に首を傾げて、困ったように笑う美桜の顔が浮かぶ。千景は唇を噛んで、ノートを閉じる。
クラスメイトたちは、表向きはもう普段通りを取り戻したように見える。笑い声も飛び交い、グループで弁当を広げる子たちもいる。でも千景には、その中にぽっかりと空いた空席がどうしても気になって仕方なかった。
――美桜の席。
そこに彼女の鞄も、筆箱も、明るい声もない。置き去りにされた空白が、千景の胸に鋭く突き刺さる。
「……あんたってさ、本当にずるいよね」
机に額を押し当てながら、誰にも聞こえないように囁く。
ずるい。だって、自分に何も言わないで、ひとりで背負って、倒れてしまうなんて。
ふと、胸の奥からあの日の記憶が蘇る。
***
あの朝。美桜はいつも通りに「おはよ!」と笑顔を見せてくれた。
髪の毛が少し跳ねていて、千景が「寝坊したでしょ」って突っ込むと、彼女は「えへへ、バレた?」と笑った。――あれが最後になるなんて、そのとき誰が思えただろう。
授業の途中。突然、美桜の顔色がさっと青ざめて、ペンを落とした。隣の席にいた千景は「美桜?」と声をかけた。でも返事はなく、そのまま机に突っ伏すようにして倒れた。
「先生!美桜が……!」
あのときの焦りと恐怖。クラス中がざわつき、駆け寄る声、机が動く音、泣きそうになりながら彼女の肩を揺すった自分の手の震え――全部が今でも鮮明に焼きついている。
その後のことは断片的にしか覚えていない。救急車のサイレン、泣きじゃくるクラスメイトたち、先生が必死で連絡を取る姿。千景はただ立ち尽くして、何もできなかった。
「……ごめんね」
誰に謝っているのか、自分でもわからない。助けられなかった自分に? それとも、美桜に?
***
――今も、こうして思い出すたびに胸が苦しくなる。
「千景ちゃん、どうしたの?」
隣の席の子が首をかしげて声をかけてくる。慌てて笑顔を作り、「なんでもない」と返す。けれど笑顔はぎこちなく、すぐに崩れてしまった。
(……なんでもなくないよ)
心の声は、誰にも届かない。
***
放課後。誰もいなくなった教室で、千景はまた美桜の席に向かう。机の上に指先を滑らせると、ほんのわずかに残った彼女の気配が感じられるような気がして、胸が締めつけられる。
「ねぇ、美桜。なんで……なんであたしに言ってくれなかったの?」
涙が滲む。喉が熱い。声が震えてしまう。
「一緒に笑って、一緒に悩んで……そういう友達だって、思ってたのに」
けれど彼女は答えない。静まり返った教室の中で、千景の声だけが響いては消えていった。
「……でも、絶対忘れないから」
ぎゅっと拳を握る。泣きながら、それでも強く誓う。
彼女が残してくれた温もりも、笑顔も、全部。美桜がどんな気持ちで過ごしていたのか、これから少しずつでも知ろう。そうやって繋がっていたい。
――だから、泣きながらも笑う。
「バカみたいに明るい笑顔、あんたに負けないくらい見せてやるんだから」
夕日が差し込む教室で、千景は静かに目を閉じた。
昼休みのざわめきの中、窓際の席に座った千景は、手元のノートを開いたまま、じっと一点を見つめていた。視線の先には、机に走り書きされたほんの小さな文字。「美桜」と書かれている。それは、数日前に――彼女が倒れる直前まで笑って残していたものだった。
「……バカだなぁ、美桜」
心の中で呟いても、もう返事は返ってこない。いつもなら「え?なに?」と無邪気に首を傾げて、困ったように笑う美桜の顔が浮かぶ。千景は唇を噛んで、ノートを閉じる。
クラスメイトたちは、表向きはもう普段通りを取り戻したように見える。笑い声も飛び交い、グループで弁当を広げる子たちもいる。でも千景には、その中にぽっかりと空いた空席がどうしても気になって仕方なかった。
――美桜の席。
そこに彼女の鞄も、筆箱も、明るい声もない。置き去りにされた空白が、千景の胸に鋭く突き刺さる。
「……あんたってさ、本当にずるいよね」
机に額を押し当てながら、誰にも聞こえないように囁く。
ずるい。だって、自分に何も言わないで、ひとりで背負って、倒れてしまうなんて。
ふと、胸の奥からあの日の記憶が蘇る。
***
あの朝。美桜はいつも通りに「おはよ!」と笑顔を見せてくれた。
髪の毛が少し跳ねていて、千景が「寝坊したでしょ」って突っ込むと、彼女は「えへへ、バレた?」と笑った。――あれが最後になるなんて、そのとき誰が思えただろう。
授業の途中。突然、美桜の顔色がさっと青ざめて、ペンを落とした。隣の席にいた千景は「美桜?」と声をかけた。でも返事はなく、そのまま机に突っ伏すようにして倒れた。
「先生!美桜が……!」
あのときの焦りと恐怖。クラス中がざわつき、駆け寄る声、机が動く音、泣きそうになりながら彼女の肩を揺すった自分の手の震え――全部が今でも鮮明に焼きついている。
その後のことは断片的にしか覚えていない。救急車のサイレン、泣きじゃくるクラスメイトたち、先生が必死で連絡を取る姿。千景はただ立ち尽くして、何もできなかった。
「……ごめんね」
誰に謝っているのか、自分でもわからない。助けられなかった自分に? それとも、美桜に?
***
――今も、こうして思い出すたびに胸が苦しくなる。
「千景ちゃん、どうしたの?」
隣の席の子が首をかしげて声をかけてくる。慌てて笑顔を作り、「なんでもない」と返す。けれど笑顔はぎこちなく、すぐに崩れてしまった。
(……なんでもなくないよ)
心の声は、誰にも届かない。
***
放課後。誰もいなくなった教室で、千景はまた美桜の席に向かう。机の上に指先を滑らせると、ほんのわずかに残った彼女の気配が感じられるような気がして、胸が締めつけられる。
「ねぇ、美桜。なんで……なんであたしに言ってくれなかったの?」
涙が滲む。喉が熱い。声が震えてしまう。
「一緒に笑って、一緒に悩んで……そういう友達だって、思ってたのに」
けれど彼女は答えない。静まり返った教室の中で、千景の声だけが響いては消えていった。
「……でも、絶対忘れないから」
ぎゅっと拳を握る。泣きながら、それでも強く誓う。
彼女が残してくれた温もりも、笑顔も、全部。美桜がどんな気持ちで過ごしていたのか、これから少しずつでも知ろう。そうやって繋がっていたい。
――だから、泣きながらも笑う。
「バカみたいに明るい笑顔、あんたに負けないくらい見せてやるんだから」
夕日が差し込む教室で、千景は静かに目を閉じた。