黎明の麒麟ー凌暁と雪蘭の伝説ー

【プロローグ】雪に閉ざされた霜華国

雲海を望む山々の間に、
小国〈霜華国(そうかこく)〉があった。
天嶺大陸の北端、
雪深い地にありながら、
豊かな鉱と清らかな水に恵まれたその国は、
若き国主・**凌暁(りょうぎょう)**によって治められている。
父の代に戦火を免れたとはいえ、
周囲を覇国に囲まれたこの国が安泰である保証など、
どこにもなかった。
彼は冷静に、時に非情に政を捌き、
かろうじて平和を保ってきたのだ。
その眼差しは冬空のように澄み、
誰の心も映さぬままに——。

一方、
彼の正妻である**雪蘭(せつらん)**は、
隣国・白蓮国から嫁いできた姫であった。
黒曜の髪、雪を思わせる白肌。
気品と静謐をまとったその姿は、
多くの民の憧れとなる一方で、
同じ後宮(といっても主殿の一角)で働く女官たちの間に、
微かな嫉妬と警戒を呼んでいた。

「……姫君は、今日もあのように一人で?」
「ええ。食もお取りにならず、庭を眺めていらっしゃるそうよ。氷のように冷たいお方だわ。」
雪蘭の一挙手一投足を監視し、
まるで揚げ足取りのように噂話をする女官たち。
雪蘭は黙って聞き流すしかなかった。
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