黎明の麒麟ー凌暁と雪蘭の伝説ー

凌暁と雪蘭

霜華国に平穏が戻って数日。
雪蘭は毎日の政務を終え、
書庫で文を整理していた。
ふと、ふわりと春の匂いのような気配がして
顔を上げると――
凌暁が静かに戸口に立っていた。

「……今日はお早いのですね、凌暁さま。」
「おまえに……会いたくてな。」

その言葉に雪蘭の心は跳ねた。
だが、凌暁はいつもそうだ。
優しい。
触れたくなるくらい近くに来る。
なのに――
それ以上を決して求めてこない。
(……私では、足りないのかしら。)
胸の奥に、
言葉にしがたい痛みが落ちる。

凌暁は凌暁で、
彼女の柔らかな香りに吸い寄せられ、
そっと肩に触れかけて……指先を止めた。
(これ以上触れれば……止まれなくなる。
だが、もし――雪蘭の霊力が失われてしまったら?彼女は、彼女自身の道を歩けなくなるのでは?)

近づきたいのに、触れられない。
触れたくてしょうがないのに、
自制するしかない。

そんな焦れったい夜が続いた。

雪蘭は俯いたまま、小さな声で呟く。
「……凌暁さまは、私を……女性としては見ていないのでしょうか。」
たまりかねて思わず口をついて出てしまった本音。

彼女の本音は、
凌暁の心臓が止まるほどの衝撃だった。

「雪蘭……違う。違うんだ……」
そう言おうとした瞬間、
“霊力” の二文字が脳裏に浮かび、
声が詰まった。

雪蘭は、笑おうとした。
けれど、唇が震えた。
「……失礼いたします。」

逃げるように書庫を出ていく雪蘭。
凌暁はその背を見送ることしかできなかった。
胸が締め付けられるように痛い。
(雪蘭……どうしたら、おまえを守れる……?どうしたら、おまえの全部を失わずに済む……?)

悶々と悩んだ末に――
凌暁は、ついにある決断をした。
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