黎明の麒麟ー凌暁と雪蘭の伝説ー

旅立ち― 聖地へ向かう道

雪が溶け、
山々に春の兆しが見えはじめたころ。
十二年に一度の〈五幻獣の神事〉を執り行うため、
各国の国主たちが
聖地・**天啓(てんけい)**へと向かう時が来た。

霜華国の王都・凌宮(りょうきゅう)は、
出立の朝から慌ただしい。
使者、兵、供人が行き交い、
厩舎では白馬が嘶きを上げていた。

主殿の階上からその光景を見下ろす雪蘭は、
胸の奥に小さなざわめきを覚えていた。
この旅には、彼女も同行する。
聖地の儀は、正妻のみが伴うことを許される。
——そして、夫婦は同じ宿に、同じ寝屋で夜を明かさねばならぬという。

考えれば考えるほど、頬が熱くなる。
政略で結ばれたとはいえ、凌暁とは夫婦である。
けれどこれまで、
彼と二人きりで言葉を交わしたことすら、
指で数えるほどしかない。
そんな二人が神事を無事にやり遂げることができるのか。

「姫君、そろそろお支度を」

侍女の声に、雪蘭は我に返った。
鏡に映る己の顔が、
ほんのりと赤らんでいるのを見て、
慌てて白粉をはたく。

出立の庭では、
国主・凌暁が待っていた。
浅葱色の外套を羽織り、
黒髪を高く結んだ姿は凛々しく、
冷たい春風さえも静まり返るようだった。

「……遅れを取ってしまい、申し訳ございません。」
雪蘭が裾を持ち上げ、丁寧に一礼する。

「構わない。支度が整ったなら出るぞ。」
低く落ち着いた声。
視線が一瞬、彼女をかすめた。
その瞳に感情は見えなかったが、
不思議と胸が高鳴った。
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